国際資料:ロッタ・コムニスタ論文「世界秩序の危機と中東における戦争」(その1)

【訳者解題】
 10月7日、パレスチナガザ地区を拠点とする武装勢力ハマスイスラエルに対する大規模な越境攻撃に打って出たこと、そしてこれに報復する形でイスラエル・ネタニヤフ政権が今まさにガザ地区住民に対する凄惨なジェノサイドを進めていること——われわれはこの一連の事態を単に「パレスチナ紛争」としてではなく、ウクライナでの戦争に続く東西帝国主義間の新たな激突として把握する必要がある。その分析を深化し、現代帝国主義戦争の危機を打ち破る闘いの指針を解明するために、参考資料としてイタリアの共産主義組織「ロッタ・コムニスタ」の英語論文をここに訳出して掲載する。この論文は、イスラエルブルジョアジーと「中東ブルジョアジー」との間の抗争を、ここ数十年間の帝国主義諸勢力間の抗争との関係において具体的・歴史的に分析したものであり、われわれがプロレタリア国際主義の原則に立脚して現下の危機と対決するために有益な視点を提供していると私は考える。
 ブルジョア民族主義の立場へと転落した「革マル派」中央官僚らに対するわれわれの論戦を未だ詳しくは知らない読者諸氏のために、ロッタ・コムニスタの同志よりこの組織についての短い自己紹介文が寄せられているので、ここに掲載しておこう。「ロッタ・コムニスタ(“共産主義者の闘争”)は、第二次世界大戦後に生まれたレーニン主義党であり、イタリア共産党のスターリニストに対する闘いの中で、リバタリアン共産主義の経験から自ら距離を置くようになった。レーニン『何をなすべきか』のボリシェヴィキ・モデルに基づき、工場・大学・各家庭に配布される新聞『ロッタ・コムニスタ』(www.edizionilottacomunista.com)を主軸にして1965年に設立された。ヨーロッパ帝国主義、およびロシア、中国、アメリカ、日本などの全ての帝国主義に反対している。ヨーロッパにレーニン主義党を樹立し、世界革命の糸口を獲得するために活動している」。わが探究派は、本年7月にイタリア・ミラノにて開催された国際会議を機縁として彼らとの交流を開始し、互いに切磋琢磨する関係の創造を目指してきた。
 したがって、ここに訳出する論文についても、われわれはこれを無批判に紹介するつもりはない。とりわけ、この文章で用いられている「反動的テロリズム」という独特な用語については、批判的な検討が必要である。ハマースをはじめとするイスラーム復興主義勢力の行使する暴力が「テロリズム」であり、マルクス主義者の支持するべき闘争手段ではないことは言を俟たないとして、それはかつてマルクスエンゲルスが非難した「汎スラヴ主義」と類比されるような「反動」なのではない。何故なら、現代中東におけるイスラーム復興主義の「ジハード」は、かつてのスターリニスト主導による「民族解放闘争」=「革命の輸出」方式が破産した末に、それを超え出るものとして登場したのだからだ。われわれ反スターリン主義革命的左翼は、旧来のPLOが代表していたような「パレスチナ解放闘争」の敗北を確認し、それを主体的にのりこえていくという実践的立場にたって、パレスチナ人民に向けてイスラーム復興主義からの決別とプロレタリア国際主義に基づく闘いを呼びかけていくのでなければならない。こうした論点を追究していく上でも、本論文に正面から対決することを読者の皆さんにお願いする。
(2023年11月10日 春木良)

 

Lotta Comunista: Crisis in the World Order and War in the Middle East. (Internationalism: Journal of Marxist Analysis, No.57, London, November 2023, pp1-2.)

 〈反動的テロリズム〉、そして〈中東ブルジョアジーのテロリスト分派〉。ニューヨークのツインタワーがテロ攻撃を受けた2001年の9・11事件に際して、われわれは危機をこのような枠組みにおいて把握した。この分析は、アフガニスタンペルシャ湾での戦争に端を発するわれわれの国際主義的闘争に寄与したものである。
 2015年、バタクラン劇場の大虐殺において頂点に達したパリでのテロ攻撃を受け、われわれは『反動的テロリズム帝国主義的ヨーロピアニズム・共産主義インターナショナリズム』(éditions Science Marxiste, 2017)と題した本の中で、アッリゴ・チェルヴェットの「マルクス主義暴力論」をはじめとする数多くの論文を収録した。これらのテクストは、民族問題と中東の危機についてわれわれが分析を深める上での参照点となった。その中で要点が述べられた三つの概念を、ここで想起しておこう。
 第一に、「反動的テロリズム」の概念。これは、マルクスエンゲルスが「反動的汎スラブ主義」——ツァーリズム反動の道具——に反対したことと、レーニンがバルカン戦争に関して打ち出したテーゼ、その二つから着想を得たところの科学的評価であった。スラブ地域とまさしく同様に中東においても、「国民的統一のプロセスの多くが失敗し」、あるいは「独立した国家組織の成立にとって決定的な大衆の獲得がいくつかの国家において不可能だった」。こうした事情の故に、「テロリスト的暴力とイデオロギー神話の分裂集団」が蔓延し、これら集団は他の地域国家や帝国主義の権力によってありとあらゆる手段で利用されるようになった。ガマール・アブドゥル=ナセルのエジプトが代表していたところの汎アラブ統一の試みが失敗に終わると、湾岸の産油諸国——そこでは石油収入が「後進国の政治的形態を恒久化させた」——は、ロシアが汎スラブ主義に飛びついたのと同様の役割を、汎イスラム急進主義に対して果たした。このことは、この地域における大国間の闘争と結びついていた。すなわち、「まず第一に重要だったのは地域の分割であり、次いで、この分割された地域を単独の地域ヘゲモニー勢力の下に統一するのを均衡ゲームを通じて禁じることだった」。対抗関係にある「石油漬け」の諸ブルジョアジーもまた各々で、諸々のテロリスト潮流を利用した。しかも、テロリズムはしばしばパワーゲームの予期せぬ結果として生じた。すなわち、アルカイダは、1980年代にアメリカとサウジアラビアソ連に対抗するためにアフガニスタンに押し込んだムジャヒディンのゲリラ戦から分裂したテロリスト集団として生まれたのである。われわれはタリバン政権の起源をもそこに見出すことができるし、またISIS〔「イスラム国」〕は2003年の戦争後、イラクの分解状況の中から生まれたものである。
 第二に、「国際主義的な階級原理」と「民族問題」。ブルジョア体制が強化された19世紀、マルクスエンゲルスは、ヨーロッパにおけるブルジョア民主主義革命と大国家の誕生を支持した。なぜなら、このことが生産力の発展を加速させ、それと共にプロレタリアートの集中を加速させたからである。帝国主義の20世紀において、レーニンは、スラブ地域とアジアにおける民族問題が共産主義革命の国際戦略にとって仮に役立つならば、その限りでこの民族問題を利用した。第二次世界大戦後、反植民地闘争を出発点として民主主義革命が新国家の誕生へと展開していくサイクルは——そのプロセスが完了し、新興ブルジョアジーが西欧の支配から解放された——1960年代以降になると、ブルジョアジープロレタリアートとの対立よりも戦略的に優先されるべき理由を失った。1967年の六日間戦争〔第三次中東戦争〕に際し、われわれは国際主義的な階級原理を掲げて、親イスラエル的介入主義と「アラブ・ブルジョアジー側に立った左翼的介入主義」との両方に反対した。この階級原理は、何らかの形で未解決の「民族問題」を残す他の危機や戦争に対してもわれわれが則るべき指針である。イスラエルには、すでに「ブルジョアジープロレタリアート」が存在した。エジプトとアラブ諸国では、すでに「ブルジョアジープロレタリアート」が存在した。アラブとイスラエルの労働者たちには、対立し合う利害などない。むしろ彼らは共に、ブルジョアジーに搾取されるという「同じ運命」にあったのであり、そのブルジョアジーの側は帝国主義の権力者たちによって、「中東に投資された資本の緊密に織り込まれた網」へと巻き込まれていたのである。
 チェルヴェットは1985年、「数十の国家における数十の民族」がパレスチナのような状況に置かれていることを記している。その例はアルメニア人とクルド人である。「民族という口実」は、国家間そして帝国主義勢力間の闘争においてこそ用いられるのだ。
 「これは、パレスチナ人にとって領土問題が存在しないという意味ではない。これは、プロレタリアートが闘争の基本的任務を遂行した後にのみ、歴史的に提起されている国際主義的な観点から、この問題を解決することができるのだと認めることを意味する。他方、この問題は、ナショナリズムの観点からも解決されうるが、それは帝国主義間競争の枠内でのみである。言い換えれば、あらゆる抑圧に反対する唯一の方法は、「帝国主義戦争をプロレタリア革命に転化する」という国際主義的戦略なのである」。
 第三に、「新たな戦略段階」と中東。われわれは2015年に、中東のブルジョアジーが「何十年もの間、自国の国民国家構造を安定させるために努め、地域的結集を模索しては失敗してきた」と結論づけた。世界規模の競合——大陸規模の諸勢力間での闘争として特徴づけられるそれ——という新たな条件において、とりわけこの地域の国民国家にとっては、「大陸国家権力の新たな水準」に「到達することは不可能」となった。他方、アメリカの影響力の低下が、政治的中央集権化のジレンマに巻き込まれたヨーロッパに問題を引き起こしていることは間違いない。しかし何よりも、このアメリカの影響力低下は「中国とインドのより大きな比重」を明らかにした。「中東のあらゆる矛盾」が未解決のままであるだけではない。「アジアの巨人たちの公然たる登場によって勢力バランスが予測不可能な仕方で動揺し、大陸諸勢力間の競合が新たな性質を帯びてくるが故に」、諸矛盾が解決されるのは決して容易ではない、ということなのだ。中東は依然として「暴力の発生源であり輸出地」である。「共産主義インターナショナリズム」は、無力な善意から漠然と平和を願望することなのでは決してない。それはこれまで以上に、「実践的必然」である。

(つづく)