「控えめな同盟国」からの脱却:岸田訪米と独占ブルジョアジーの新たなナショナリズム

 日本国首相・岸田文雄は4月8日から14日までアメリカを公式訪問し、アメリカ大統領バイデンとの会談において、「日米両国がかつてなく強固な友好・信頼関係に基づくグローバルなパートナーとなっていること」を確認した。日本国首相が国賓待遇でアメリカを訪問したのは、2015年の安倍晋三による訪問以来、9年ぶりのことである。このような「公式訪問」は、日米関係の転換点になってきたと言われているが、それは今回も例外ではない。すなわち、岸田訪米は、日本の独占ブルジョアジーが安倍政治からの明確な転換をアメリカ帝国主義に対して表明した出来事として特徴づけられうる。
 今回、アメリカ上下院における演説で、岸田は次のように述べた。


「ほぼ独力で国際秩序を維持してきた米国。孤独感や疲弊を感じている米国の国民に語りかけたい。一人で背負うことがいかなる重荷であるのか、私は理解している。」
「「自由と民主主義」という名の宇宙船で、日本は米国の仲間の船員であることを誇りに思う。共にデッキに立ち、任務に従事し、なすべきことをする準備はできている。」
「皆様、日本は既に、米国と肩を組んで共に立ち上がっています。米国は独りではありません。日本は米国と共にあります。日本は長い年月をかけて変わってきました。第二次世界大戦の荒廃から立ち直った控え目な同盟国から、外の世界に目を向け、強く、コミットした同盟国へと自らを変革してきました。」


 ここに表明されているのは、日本国家をアメリカと「肩を組んで共に」並べる一流の帝国主義国家へと高めたいという願望である。独占ブルジョアジーと政治エリートたちは、この数年間の「アベノミクス」をつうじて日本が急速に発展途上国へと転落しつつあることに相当の危機意識を燃やしながら、トランプ再選の可能性が高まっているアメリカと命運を共にして没落するつもりはないということを、この岸田演説において暗に意思表示したのだと言える。
 この数年間、安倍政権は、「異次元緩和」で日本円の価値を意図的に低落させることによって、日本産商品を安価で外国に販売することを企ててきた。輸出を拡大することができれば、日本国内の工業産業は活気を取り戻し、物価の上昇をもたらし、企業業績は改善して賃上げにつながるであろう——彼らはこのように「トリクル・ダウン」説を心から信仰してきた。とはいえ、貿易黒字をただ単に拡大するだけでは、1980年代のように貿易摩擦を引き起こすことになりかねない。実際にトランプは、トヨタをはじめ日本の自動車産業アメリカの工業を脅かしていると述べ、「ラスト・ベルト」の労働者階級に渦巻くルサンチマンを巧みに利用していた。これに対して安倍政権は、アメリカから最新兵器を調達する契約を次々と結ぶことで、トランプの許しを請うていたのだ。日本が法的にも装備上でも軍事大国化を進めたことは、「アメリカ・ファースト」のトランプ政権にとっても好都合だった。
 安倍政権のこのような外交政策に対しては、右であれ「左」であれ多くのナショナリストたちが、その<対米従属>ぶりを批判してきた。そしてこの間、「アベノミクス」それ自体の失敗もまた誰の目にも明らかとなった。まず、政府・日銀一体となった約10年にわたる円安誘導政策は、期待されたほど貿易収支の改善にはつながらないどころか、2%の物価上昇目標すらも達成できなかった。そもそも、日本企業は生産体制をアジア各国に分散させているのだから、たとえ円安で日本国内産製品の輸出が増えたとしても、それに伴う原材料・部品の輸入増加は円安のせいで生産コスト上昇をもたらすのである。このような根本的な矛盾のゆえに、「異次元緩和」をいくら継続しても、日本の諸資本全体が安価となって他国ブルジョアジーの草刈場になるだけである。ここに、アベノミクスからの転換を図ろうとする独占資本家たちの危機意識がある。そしてこの危機意識こそが、日本を一流の帝国主義国家へと押し上げようと欲する新しいナショナリズムとしてあらわれているのだ。
 日本ブルジョアジーは、いわゆる「白物家電」分野での国際競争ですでに敗北しており、またハイブリッド方式に固執していた自動車産業をはじめあらゆる分野で「脱炭素革命」の流れに遅れをとった。この「グリーン・ニューディール」——実のところ「グリーン・ウォッシュ」である——それ自体、欧・米による日本資本排除の意味をもっている。これに対して、起死回生を図る日本の独占資本家たちが今力を注いでいるのが、半導体分野である。AIの発達が「第四次産業革命」をもたらすと考えている彼らは、米中対立の中での「デカップリング」により今後の半導体需要がますます逼迫するという見通しのもと、「民主国家でつくる安心感という価値」を宣伝しながら、日本を西側帝国主義ブロック内の最先端の半導体生産拠点にすることを目論んでいるのである。現在、北海道の千歳市では、2ナノという極小サイズの半導体を量産させるために「ラピダス」の工場が急ピッチで建設されており、これに対して政府はすでに1兆円以上を投資している。本当に2ナノの半導体など作れるのか、製造できた頃には他国でより安価な極小半導体が生産されているのではないか——そうした不安の声は、独占資本家の耳にはほとんど入ってこない。そのようなことよりも、1980年代末に日米貿易摩擦の結果として半導体生産のシェアを奪われたという積年の恨み、これをついに晴らそうと意気揚々たる思いで突き進んでいるのが、今日の日本ブルジョアジーではないか。
 現代日本ナショナリズムが、そうした独占資本家どものイデオロギーに他ならないことを認識するのが肝要である。すなわち彼らは、小手先の金融緩和策ではなく「実体経済」の底上げを図り、安倍政権時代のような「対米従属」路線からは脱却して日本独自の経済的・軍事的地位を確立することを望んでいる。ついでに言えば、日本企業の国際競争力強化を阻害する要因となってきた、いわゆる「日本的経営」に特有のさまざまな慣習を一掃することもまた、とりわけIT系などのブルジョアジーが考えていることだ。諸経営体の管理職・経営陣が中高年男性の「ホモソーシャル」な体育会系集団によって独占され、女性や外国籍の人が少ないことだとかを問題視する言説はもはや珍しくない。これに関連して日本経団連が、安倍派の保守政治家たちを嘲笑するかのように選択的夫婦別姓制度導入を支持したことは、まさしく象徴的な事態だと言えよう。
 そうした動向をおさえる限り、岸田政権の思想と行動を単純に「反動」だとか「アメリカ言いなり」だとかと特徴づけるのは、根本的にボケている。岸田は、われわれ労働者階級から搾り取れる限りの税金をとって、43兆円にも上る軍事費を計上している。そしてまた陸・海・空の自衛隊の「統合運用」をつうじてアメリカ太平洋軍との連携を強化しようとしているのである。しかもそれと同時に、例えば英国・イタリアとの共同での戦闘機開発やAUKUSとの連携など、「対米従属」に真っ向から反するような動きを見せているのが今日の日本ブルジョアジーなのである。今この時に、日本国家がアメリカ帝国主義によって「安保の鎖」で締め上げられていることを問題視するような「左翼」——日共そして「革マル派」——は、おしなべて独占ブルジョアジーナショナリズムに絡めとられてしまったと言うほかはない。
 プロレタリア国際主義に立脚するわれわれは、安保によって日本国家がアメリカに従属させられていることを弾劾しているのではない。そうではなく、日本のブルジョアジー日米安保条約に基づいて、西側「自由民主主義陣営」の主役として登場することそのものを許さない闘いを推進しているのだ。対米自立志向を強める岸田政権の諸施策は、あらゆる点で、日本とアジアのプロレタリアート総体に対する階級的攻撃に他ならない。すべての諸君!「左」のナショナリズムを打破して、革命的インターナショナルの建設を目指して共に闘おう。
        (2024年4月22日   春木良)