[寄稿] 5月1日 全労連の「メーデー中央集会」は雨の中

 5月1日は「労働者の祭典」と言われるメーデーです。全労連メーデー中央集会は、東京の代々木公園に1万2000人(主催者発表)が参加して開催されました。
 開会と合わせるように雨が降り出しました。職場からの要求を手作りポスターにした労働者たちがいました。彼らは同僚たちと地面にしゃがみこんで真剣に壇上を見つめています。それとはちがって、役員らしい労働者が1人で幟旗をもっているだけの労組もありました。労組の役員のみの参加で、各職場の組合員にはメーデーへの動員さえかけられていないことがうかがえます。
 私は、労働者の団結をどのようにつくりだすのか、職場の仲間たちも労働者の闘いをつくりだしていく仲間に変革していくのかを、雨に打たれながら考えさせられました。全国各地で行われたメーデー参加者や職場から参加できなかった仲間とともに、私の職場からも、労働者の賃上げを勝ち取り労働条件をよくするために、労働者の団結をつくりだしていこうと強く思いました。
 第95回メーデーの基本スローガンは「働く者の団結で生活と権利を守り、平和と民主主義、中立の日本をめざそう」です。ポスターには、「変えるのは私たち、ひとりひとりが大事にされる社会へ」を掲げています。
 しかし、会場で訴えられたことは「私たち」とはかけ離れているように思いました。       叫ばれたことは「政治の責任で大幅賃上げを皆さんと一緒に全力で取り組んでまいります。」〔日本共産党委員長・田村智子〕です。「内部留保に一部課税して、中小企業の賃上げ助成で最低賃金1500円アップを直ちに実現しよう」「非正規ワーカーの待遇改善法をつくって無法な雇止めや差別をやめて同一価値労働同一賃金[エッ?]を実現しよう」と声高に訴えます。しかし、聞かされる労働者の心は冷え冷えするばかりです。それは政治を変えることに局限され、諸課題の実現は夢物語のように先送りさせられることによって、自分の当面の切実な問題と乖離していくからです。強搾取を許さず、過酷な労働強化に反対する資本との闘いも、まったく語られません。ことごとくが「政治の力」で解決されるかのようです。「私たち」とは本来、労働者階級ではないのでしょうか。私たち労働者を「市民」と呼び、「野党」の応援団になれ!というのでは、労働者の階級的団結など、夢のまた夢。全労連の指導部が、日本共産党が議会選挙で得票数を増やし議席を増やすために、労働者を・労働組合を利用するという路線をとっていることに追随しているからこそのこの痛苦な現実。冷たい雨に打たれながら、「この雨はもしや、マルクスレーニンが私たちのこの姿を見て流している涙なのではないのだろうか?」とさえ思いました。長時間労働に反対し、「8時間労働制」をもとめてメーデーを闘った先輩たちの涙かもしれません。
 メーデー宣言は、相も変わらず「実質賃金の低下が続く中、格差と貧困が広がり労働者の暮らしは厳しさを増している」として、「物価上昇分を上回る大幅な賃上げで生活改善を図るほか、ジェンダーの平等の視点から格差の是正を目指す」を採択しました。
 最後の閉会あいさつでは、「岸田政権に対して3つの補欠選挙では市民と野党の共闘の力で勝利をしました。国民の怒りは沸騰しています。こんな政治は終わらせましょう。自民党政治の根本、アメリカ従属の軍事大国と財界本位の労働政策の2つの害悪を止める力は私たち労働者の決起でしかありません。労働者が報われる社会の実現をめざしましょう。変えるのは私たち一人ひとり。団結しましょう。」(東京地評議長矢吹義則)と呼びかけました。そして、最後に「働く者の団結で生活と権利を守り、平和と民主主義、中立の日本をめざし、岸田政権を退陣させ自民党政治を終わらせるために力を合わせ、労働者は団結してがんばろう!」と唱和を求めたのです。
共産党との「共闘」をどこまで続けるかさえもわからない立憲民主党が3勝したことがそれほどメデタイとは。そんなことのために、私たち労働者に「市民」として「野党」とともに闘えとは。
 私は、首をひねるばかりでした。「中立の日本」ってなに?「市民と野党の共闘の力」というのは労働者の団結をこえるものなの?
ますます降りしきる雨の音に、労働者の声は沈んだものに抑え込まれたように聞こえました。私は、「どこが労働者の祭典?」という思いを抱いて帰途につきました。

      (2024年5月1日 源田知子)

河村たかし名古屋市長の「祖国のために命を捨てるのは高度な道徳的行為」発言を弾劾する

 河村たかし名古屋市長(彼は日本保守党の共同代表でもある)が4月22日の定例記者会見で、「祖国のために命を捨てるのは道徳的行為」と発言したことが、朝日新聞デジタルで報じられた。ウクライナ戦争とイスラエルによるガザ侵攻をひきあいにだしているので、河村の発言は、たんに国家につくすという意味ではなく、戦争において祖国のために命を捨てることが国民の行動規範であるという主張である。
 実際に公開されている動画で確認すると、名古屋弁と標準語のちがいはあるものの、朝日の記事では河村発言が正確に再現されていることがわかる。河村は言う、「祖国のために命を捨てるというのは、相当高度な道徳的行為であるというのは間違いない。」記者からその理由を問われると、国という存在が国民の生存を守ってくれるのだから「国というものに対して自分の命をささげる」のは「大変勇気のあること」だと河村は応じた。
 もちろん、生存権の保障の見返りとして国民は国家のために命を捨てるべきだなどという河村の主張は論外である。ブルジョアジー独裁国家において支配階級の利害を貫徹するために戦われる戦争に、プロレタリアート人民を動員し「国のために命を捨てろ」とその死を当然のものとするこの犯罪的発言を、われわれは怒りをこめて弾劾しなければならない。
 それにしても、保守を自称する新自由主義的ポピュリスト政治家どもによって垂れ流されるこの種の発言は河村に限らない。「あなたは祖国のために戦えますか」(櫻井よしこ、1月19日)、「国策に殉じられた方々の御霊に尊崇の念を持って、感謝の誠をささげさせていただきました」(高市早苗、4月23日)等々。
 かつて、田邉元はその講義録『歴史的現実』において、国家のために死ぬことで生きるのだと論じた。「歴史に於いて個人が國家を通して人類的な立場に永遠なるものを建設すべく身を捧げる事が生死を越える事である。」(昭和15年岩波書店、108頁)
 そのような思弁すらない、民族主義にもとづく無内容な戦争の扇動が横行している現状に、全世界のプロレタリアートは団結して立ち向かわねばならない。
 ところで「革マル派」中央官僚派は、ロッタ・コムニスタを非難する雑文のなかで「故郷と祖国の現在と将来を思って命を賭して戦っているウクライナの人民」(「解放2793号」)を賞賛した。これでは、河村の「祖国のために命を捨てる」と同列である。ブルジョア民族主義に転落した彼らには、今回の河村の暴言を弾劾することは望むべくもない。

(2024年4月25日 北条 倫)

「控えめな同盟国」からの脱却:岸田訪米と独占ブルジョアジーの新たなナショナリズム

 日本国首相・岸田文雄は4月8日から14日までアメリカを公式訪問し、アメリカ大統領バイデンとの会談において、「日米両国がかつてなく強固な友好・信頼関係に基づくグローバルなパートナーとなっていること」を確認した。日本国首相が国賓待遇でアメリカを訪問したのは、2015年の安倍晋三による訪問以来、9年ぶりのことである。このような「公式訪問」は、日米関係の転換点になってきたと言われているが、それは今回も例外ではない。すなわち、岸田訪米は、日本の独占ブルジョアジーが安倍政治からの明確な転換をアメリカ帝国主義に対して表明した出来事として特徴づけられうる。
 今回、アメリカ上下院における演説で、岸田は次のように述べた。


「ほぼ独力で国際秩序を維持してきた米国。孤独感や疲弊を感じている米国の国民に語りかけたい。一人で背負うことがいかなる重荷であるのか、私は理解している。」
「「自由と民主主義」という名の宇宙船で、日本は米国の仲間の船員であることを誇りに思う。共にデッキに立ち、任務に従事し、なすべきことをする準備はできている。」
「皆様、日本は既に、米国と肩を組んで共に立ち上がっています。米国は独りではありません。日本は米国と共にあります。日本は長い年月をかけて変わってきました。第二次世界大戦の荒廃から立ち直った控え目な同盟国から、外の世界に目を向け、強く、コミットした同盟国へと自らを変革してきました。」


 ここに表明されているのは、日本国家をアメリカと「肩を組んで共に」並べる一流の帝国主義国家へと高めたいという願望である。独占ブルジョアジーと政治エリートたちは、この数年間の「アベノミクス」をつうじて日本が急速に発展途上国へと転落しつつあることに相当の危機意識を燃やしながら、トランプ再選の可能性が高まっているアメリカと命運を共にして没落するつもりはないということを、この岸田演説において暗に意思表示したのだと言える。
 この数年間、安倍政権は、「異次元緩和」で日本円の価値を意図的に低落させることによって、日本産商品を安価で外国に販売することを企ててきた。輸出を拡大することができれば、日本国内の工業産業は活気を取り戻し、物価の上昇をもたらし、企業業績は改善して賃上げにつながるであろう——彼らはこのように「トリクル・ダウン」説を心から信仰してきた。とはいえ、貿易黒字をただ単に拡大するだけでは、1980年代のように貿易摩擦を引き起こすことになりかねない。実際にトランプは、トヨタをはじめ日本の自動車産業アメリカの工業を脅かしていると述べ、「ラスト・ベルト」の労働者階級に渦巻くルサンチマンを巧みに利用していた。これに対して安倍政権は、アメリカから最新兵器を調達する契約を次々と結ぶことで、トランプの許しを請うていたのだ。日本が法的にも装備上でも軍事大国化を進めたことは、「アメリカ・ファースト」のトランプ政権にとっても好都合だった。
 安倍政権のこのような外交政策に対しては、右であれ「左」であれ多くのナショナリストたちが、その<対米従属>ぶりを批判してきた。そしてこの間、「アベノミクス」それ自体の失敗もまた誰の目にも明らかとなった。まず、政府・日銀一体となった約10年にわたる円安誘導政策は、期待されたほど貿易収支の改善にはつながらないどころか、2%の物価上昇目標すらも達成できなかった。そもそも、日本企業は生産体制をアジア各国に分散させているのだから、たとえ円安で日本国内産製品の輸出が増えたとしても、それに伴う原材料・部品の輸入増加は円安のせいで生産コスト上昇をもたらすのである。このような根本的な矛盾のゆえに、「異次元緩和」をいくら継続しても、日本の諸資本全体が安価となって他国ブルジョアジーの草刈場になるだけである。ここに、アベノミクスからの転換を図ろうとする独占資本家たちの危機意識がある。そしてこの危機意識こそが、日本を一流の帝国主義国家へと押し上げようと欲する新しいナショナリズムとしてあらわれているのだ。
 日本ブルジョアジーは、いわゆる「白物家電」分野での国際競争ですでに敗北しており、またハイブリッド方式に固執していた自動車産業をはじめあらゆる分野で「脱炭素革命」の流れに遅れをとった。この「グリーン・ニューディール」——実のところ「グリーン・ウォッシュ」である——それ自体、欧・米による日本資本排除の意味をもっている。これに対して、起死回生を図る日本の独占資本家たちが今力を注いでいるのが、半導体分野である。AIの発達が「第四次産業革命」をもたらすと考えている彼らは、米中対立の中での「デカップリング」により今後の半導体需要がますます逼迫するという見通しのもと、「民主国家でつくる安心感という価値」を宣伝しながら、日本を西側帝国主義ブロック内の最先端の半導体生産拠点にすることを目論んでいるのである。現在、北海道の千歳市では、2ナノという極小サイズの半導体を量産させるために「ラピダス」の工場が急ピッチで建設されており、これに対して政府はすでに1兆円以上を投資している。本当に2ナノの半導体など作れるのか、製造できた頃には他国でより安価な極小半導体が生産されているのではないか——そうした不安の声は、独占資本家の耳にはほとんど入ってこない。そのようなことよりも、1980年代末に日米貿易摩擦の結果として半導体生産のシェアを奪われたという積年の恨み、これをついに晴らそうと意気揚々たる思いで突き進んでいるのが、今日の日本ブルジョアジーではないか。
 現代日本ナショナリズムが、そうした独占資本家どものイデオロギーに他ならないことを認識するのが肝要である。すなわち彼らは、小手先の金融緩和策ではなく「実体経済」の底上げを図り、安倍政権時代のような「対米従属」路線からは脱却して日本独自の経済的・軍事的地位を確立することを望んでいる。ついでに言えば、日本企業の国際競争力強化を阻害する要因となってきた、いわゆる「日本的経営」に特有のさまざまな慣習を一掃することもまた、とりわけIT系などのブルジョアジーが考えていることだ。諸経営体の管理職・経営陣が中高年男性の「ホモソーシャル」な体育会系集団によって独占され、女性や外国籍の人が少ないことだとかを問題視する言説はもはや珍しくない。これに関連して日本経団連が、安倍派の保守政治家たちを嘲笑するかのように選択的夫婦別姓制度導入を支持したことは、まさしく象徴的な事態だと言えよう。
 そうした動向をおさえる限り、岸田政権の思想と行動を単純に「反動」だとか「アメリカ言いなり」だとかと特徴づけるのは、根本的にボケている。岸田は、われわれ労働者階級から搾り取れる限りの税金をとって、43兆円にも上る軍事費を計上している。そしてまた陸・海・空の自衛隊の「統合運用」をつうじてアメリカ太平洋軍との連携を強化しようとしているのである。しかもそれと同時に、例えば英国・イタリアとの共同での戦闘機開発やAUKUSとの連携など、「対米従属」に真っ向から反するような動きを見せているのが今日の日本ブルジョアジーなのである。今この時に、日本国家がアメリカ帝国主義によって「安保の鎖」で締め上げられていることを問題視するような「左翼」——日共そして「革マル派」——は、おしなべて独占ブルジョアジーナショナリズムに絡めとられてしまったと言うほかはない。
 プロレタリア国際主義に立脚するわれわれは、安保によって日本国家がアメリカに従属させられていることを弾劾しているのではない。そうではなく、日本のブルジョアジー日米安保条約に基づいて、西側「自由民主主義陣営」の主役として登場することそのものを許さない闘いを推進しているのだ。対米自立志向を強める岸田政権の諸施策は、あらゆる点で、日本とアジアのプロレタリアート総体に対する階級的攻撃に他ならない。すべての諸君!「左」のナショナリズムを打破して、革命的インターナショナルの建設を目指して共に闘おう。
        (2024年4月22日   春木良)

プロレタリア的聖人君子づくり主義の克服

 私は、反スタ運動を担う者や党員になる者は、一切のブルジョア的汚物を除去し、なんの欠陥もない人間にならなければならないのだ、というイメージをかつてから抱いていた。それは、黒田寛一の書物や「解放」を読んだり、「革マル派」の者から話を聞いたりしたことから抱いたのだと思う。私も、組織成員になるには、自分自身の性格などの内面、趣味、興味、感性などを、ブルジョア社会に生まれ生きてきて身についたもの=汚物として綺麗に除去しなければ、革命的共産主義者にはなれないし、「革マル派」の成員にはなれない・なってはいけない、と思っていた。完璧な人間、完璧なプロレタリアにならなければいけない、というイメージだ。こういうことを人間変革だと思っていた。こういう考えを持っていた私は、新たな組織成員として職場の組合員をオルグするというときにも、オルグ対象をそのような人間に変革することをしなければならないと考えていた。これはまさに、二〇二三年前半における私の若いメンバーとの向かい方に全面的に出ていたと思う。
 これらのことについて、先輩同志と私の間で討論したことを再生産しながら書いていく。
 先輩同志は「左翼フラクションを創造するために」という文章で、「自分の職場に党細胞を創造するためには、自分自身をあらゆる方面において全人間的にたかめなければならない。共産主義的人間としてたかめなければならない。これは、なお残存している小ブルジョア的なものをなくすとか、何か弱さや欠陥を克服するとか、また変な癖をかえるというようなこととかとは異なる、という気が私にはするのである。弱さや欠陥や癖はあってもいい、問題はそれを超えるかたちで自分のあらゆる能力をたかめることである、と私は思うのである。自分のいろいろな能力に凸凹があっていいわけである。凸凹がありつつ、そのすべての能力を格段にたかめることが必要なのである。職場に党細胞を創造するための端緒的な組織形態をなすグループを創造するときには、組織的な論議をとおして自己を変革した自分が一人でやるのであり、誰も直接に手伝うことはできない。そうなしうるだけの能力を自分自身が獲得しなければならない」、と書いているのだが、私はこれを読んで衝撃を受けた。共産主義的人間とはどういう人間であるべきか、という私のイメージとは違うことを先輩同志は提起していたからだ。先輩同志の言っているような人間では革命的共産主義者にはなれないし、批判される対象ではないか、と思っていた。
 この先輩同志の文章への感想で私は、「先輩同志の考えを読んで私は「そうなのか、そういう感じでいいのか」と思いました。このような受けとめで良いのかはわからないけれども。若いメンバーのオルグでも「彼にはちゃんと学習してもらってから」とか、ビラとかでも「ちゃんと作ってから組合役員らに見せよう」とか、グループのメンバーとすべき人たちを会議に呼ぶのも「ちゃんと条件が整って提起する話もちゃんと揃えてから」と考える私からすると、共産主義的人間に自己を高めるにあたっても、弱さ、欠陥、癖なども一掃しておかなければならないというように構えていたと思います。なにか完全な状態にしてからでないと次のことや先のことをすべきではないように感覚していたのだと思います」と書いた。さらに「先輩同志が書いたこのあたりのことは、黒田寛一も本や講演で語っているのでしょうか?」と私は書いたのだが、私は先輩同志の考えと黒田寛一の考え(「革マル派」の考え)に違いを感じた。
 これにたいし先輩同志は「このあたりの私の考えは、黒田寛一と相当違うと思います。違うということは、わが探究派でいろいろ論議し、『実践と場所』をも検討して、自覚してきたことです。黒田寛一は、欠陥や癖、これを規定している人間的資質をかえろ、と言います。そんなどころの話じゃない、職場で一人でわが組織をつくろうとすれば、自分に欠陥や癖や凸凹があっても、自分のあらゆる能力を飛躍的にたかめなければ始まらないじゃないか、というのが私の考えです。こう考えて、相次いで本を書き、職場で管理者とたたかってきたのです。向上心あるのみです。この向上心が、自己変革=自己否定の立場です。現在の自己を超えるのですから。死ぬまで向上心です」、と返答した。「欠陥や癖、これを規定している人間的資質をかえろ」、私のイメージはまさにこれだった。こういうことを、共産主義的人間・「革マル派」に結集する者に求められているのだ、と思っていた。かつて、こういう考えにたいして私は、なかなか難しいことだと感じながらも、それはおかしい考えだと感覚することもなく批判することもなく、この基準から外れているのであろう行動や考えをまだこの己が保持していることへの罪悪感や、仲間を裏切っていることになっているのではないかという罪の意識のような思いを抱いていたこともあった。共産主義的人間になるということは、世俗的なものを一切絶ち、どこかの僧のように修行するのと同じようなイメージを私は抱いていた。先輩同志は「君の自己変革の考え方・組織建設の考え方は、資質変革主義的な組織建設の仕方によってつくられたものと言えます。そして、それは、黒田寛一の組織建設の考え方にもとづいてつくられたものと言えます。五無人間をなおせ、というものがそれです。そして、これは『実践と場所』につらぬかれているものです。日本人としての礼儀や感性を重んじるものです。こういうものをその根底から克服する必要がある、と私は考えます。そういう大きな問題です」、と指摘した。私は、先輩同志が明らかにしている「日本人としての礼儀や感性を重んじるもの」という指摘を読んで、これは根深い思想問題だったのか、そういうことだったのか、革命的労働者党を建設するためにわれわれはこれを克服しなければならない、と感じた。
 人間的資質を変えることが自己変革だと思っていた私からすると、先輩同志が言う「この向上心が、自己変革=自己否定の立場です」という考えは衝撃だった。先輩同志は「今のおのれを超えようとしているでしょ、こうこうこういう人間に自分自身を飛躍させようと決意してるでしょ、それが自己否定の立場と言えると思うけど」と、どこかの論議で話していた。私は、この先輩同志の考えを聞いて、なにかつっかえていたものを取り払って前進できるような感覚を抱いた。先輩同志は、「職場で一人でわが組織をつくろうとすれば、自分に欠陥や癖や凸凹があっても、自分のあらゆる能力を飛躍的にたかめなければ始まらないじゃないか」と書いているが、私も「まさにその通り、なにも始まらない」と強く思った。黒田寛一の「人間的資質を変えろ」という考えは、修行僧や信者に求めるようなことであり、つまり、現実を変革するのだ、われわれ労働者の社会を創るのだ、まわりの労働者をどしどしオルグっていくのだ、という実践的な感じがしない。人間的資質を変えろ、ということを追求しても、具体的に自分が職場でどうやって運動をつくるのか・組織をつくるのか、職場のまわりの労働者はどんなことに苦しみ・しんどくなっていて、その労働者はどんなことを考え・どんなことを内面に抱いているのか、というほうへ自分の分析や実践が向くことはないと感じる。そういう意味で私は黒田寛一の求めている「人間的資質をかえろ」ではなにも「始まらない」と思った。
 先輩同志は、自身の本でも書いているように、実際に自分が賃金労働者として職場でまわりの労働者と論議し、経営側とたたかってきた。このことをふりかえった先輩同志は「向上心あるのみです」と述べている。こういう自己変革=自己否定の立場に立って先輩同志が実践してきた職場でのたたかいに触れ、私は自分の職場においてもこういう立場やかまえで実践していけばいいのだ、たたかいをつくっていけばよいのだ、とイメージが湧き、私自身、向上心を持って、つまり自己変革=自己否定の立場にたってたたかっていけるぞ、と感じ、そうやってたたかっていこう、と決意した。こういうことで私は、前進できるような感覚を抱いたのだ。
 私は「「資質変革主義的」と先輩同志は表現していますが、こういう考え・姿勢をおのれ自身だけではなく、オルグ対象、もう少し絞って言うと、自分のグループの成員にすべき相手にたいしても求めてしまうことになる、と私は思いました。いっしょに会議をやっているメンバーとして若いメンバーにかかわるときも、私は「資質変革主義的」に彼にかかわっていたといま思います。ゆえに、彼と学習をしないといけない、ということが前面に出ていたと思います」と書いた。まさに私は、オルグ対象と何らかの文献を読み合わせて学習しちゃんと思想的なことをつかませ、また、ブルジョア的汚物を除去させなければ、というかかわり方をしていた。共産主義的な思想をつかみ、また人間的資質を変えさせなければ、われわれの組織の一員にはなれないし、そうすることが彼を飛躍させることだと思っていた。だから私はこうふりかえって書いた。「さらに言うと、若いメンバーと論議して反応がよかったことを報告した会議において、先輩同志が、若いメンバーを構成員にして左翼フラクションを創造しよう、と提起した時、私はびっくりしました。つまり、「資質の変革」をした人、「資質の変革」をしつつある人などを左翼フラクションのメンバーとするのだ、と私はイメージしていたので、まだ「資質の変革」をやっていない人をフラクションメンバーにするという提起を聞いてびっくりしたのです。私からすると思いもしない提起でした」、と。人間的資質を変えさせた人間を集めて、職場の左翼フラクションを創造するのだ、というのではいつまでたっても職場でわれわれの組織を創造することはできないし、現に「革マル派」はこういうことで職場に組織や運動をつくれずに破綻していったのだ、と思う。
 私は、このプロレタリア的聖人君子づくりとでもいえる傾向を克服することを決意して、職場での闘いをくりひろげ、左翼フラクションを創造してきたのである。
          (2024年4月16日   真弓海斗)

イタリアの同志たちからの通信・その2 ——第二回ミラノ国際会議について(連載最終回)

2、階級闘争の主体的推進をめぐって

 そして今回のミラノ国際会議にあたり、われわれは各国の同志たちに向けて<階級闘争の主体的推進>のために共に闘うことを呼びかけた。このことをあえて強調したのは、各国の団体がそれぞれ寄せた論文が、ロシア・ウクライナ戦争やイスラエルによるパレスチナ人民虐殺をめぐる情勢分析に焦点を絞っており、革命的左翼がいかに闘うのかの指針をほとんど論じていなかったからである。たしかに、「民族自決権」のスローガンを真正面から批判してプロレタリア国際主義に立脚した反戦闘争を呼びかけた点では、ロッタ・コムニスタの論文は卓越していた。しかし彼ら同志たちはレーニンの『何をなすべきか?』の現在的意義を強調する一方で、自らが繰り広げる革命的実践そのものの解明にまでは踏み込んでいない。
 「政・労・使」一体による「賃上げと物価上昇の好循環」なるものの演出を痛苦にも許してしまっている日本の現状に比すれば、ヨーロッパ労働運動はなおプロレタリアートの階級的力を相対的に維持しており、その中で各国の革命的左翼は労働組合の内部に一定の組織的基盤を確保していると言える。ミラノ国際会議に参加したそれぞれの左翼組織は、論文の中では何も明示してはいなくとも、多くの職場の中にそれぞれの党員を有し、彼ら・彼女らは階級闘争を前進させるために日々実践しているはずなのである。そうした実践から教訓を引き出して理論化し、それをめぐって討論することをわれわれは呼びかけた。帝国主義戦争の分析に関する細かな見解の相違をいったんは留保して、各国の階級闘争を前進させるために共に闘う者としての同一性を創り出そう、ということである。
 この呼びかけに対して、ロッタ・コムニスタの同志からは次のような応答が寄せられた。

 

「職場において階級闘争をいかに創造するのかという問題について、私は今のところいくつかの点を手短に書くにとどめる。階級闘争とは、資本制における、われわれが創造することのできない「自然な」現象である。レーニンは、階級闘争がもつ周期的な本性を科学的に研究している(1905年、1907年、1913年などのストライキ統計)。このように周期的であることから、ヨーロッパではここ何十年もの間、主要な運動は起こっていない(存在しない大衆を創作するのは無駄である)。レーニン主義者は、党(その幹部、影響力)を強化することを目指して、そして闘争が行きつ戻りつも党はとどまるべきことを自覚しつつ、存在している経済闘争の最前列に加わる。諸々の闘争における敗北は、その経験が教訓となるがゆえに党を強化するのである。プロフェッショナルな革命家が工場内にいるべきか、それとも工場外にいるべきかという問題は、組織的な力量にかかっているのであり、いずれも実行可能な選択肢である。個々の労働者が共産主義者となりうるには千差万別の理由があるのだが、現在の経済闘争においてはブルジョアジーの攻撃から身を守るに精一杯で高い要求を掲げるのが難しく、あるいはしばしば労働者階級の家庭等々が複数の収入源を有し、財産を所有していることさえある。そのように現代の闘争が緩慢なサイクルにある中では、誰かある人を共産主義者へと変革するには国際政治(反戦再軍備反対など)を主題とする方が、賃金問題を主題とするよりも十倍は早い。労働者階級の外部からもたらされるべき意識とは、国際主義的な意識である。」

 

 このようにイタリアの同志たちは、現代帝国主義国家においては職場を起点とした階級闘争が情勢上困難であることを指摘して、共産主義者を獲得するための方法が“いかに効率的であるべきか”の問いを立てている。なるほど、同志たちが述べているような困難はわれわれ日本の革命的左翼もまた今なお直面していることである。資本家階級が労働の外延量と内包量とを不断に延長し、また従来の再分配機能を破壊しつづけている中で、われわれ自身を含めて今日の労働者たちは、自らの労働力を可能な限り高価で売却するよう「スキル・アップ」なるものへとせきたてられている。プロレタリアたちは同僚を敵対的な競争相手とみなすのでなければ、自らが低賃金・不安定雇用に甘んじることを覚悟する以外にない。いわゆる「エッセンシャル・ワーク」に関わる労働現場では、企業体の買収や吸収合併が繰り返されたり、そもそも労働条件が劣悪であるがゆえに労働者自身が転職せざるをえないなど、同僚間の協力関係がそもそも確立しないという事情もある。また他方、「高度スキル」を身につけて社会的には「成功者」となった労働者たちは、自らがいつかは没落することのへの不安を抱えながら長時間労働を日々こなしている中で、精神疾患に追い込まれることも何ら珍しくない。要するに、かつて労働運動の戦闘的高揚を可能にしていた諸条件が今や根本的に破壊されてしまったという事実を、イタリアの同志たちは強調しているのだ。われわれもまたこの事実を、労働運動の産業報国会化をくい止められなかったという痛みとともに受け止めている。
 だがそうであればなおさら、労働現場のこの過酷な現実を、われわれ以外の一体誰が変革しようというのか。朝から晩まで肉体労働に従事して、腰痛を抱えながらもじっと耐えている人、生活保護水準より低い低賃金であるがゆえにダブルワークでどうにか生計をたてている人、「業務請負」の名の下に労働者としての地位さえも認められないまま、自家用車で町中をずっとかけずり回っている人。あるいは上司には怒鳴られ、同僚たちからは無視され心をすり減らして、自死にまで追い込まれている人。そうした仲間たちを目の前にしたとき、産業下士官どもに向かって「何をしているんだ!やめろ!」と抗議の声をあげられるだけの根性・度胸・思想を有しているのは、わが革命的労働者ではないか。たしかに、階級闘争は高揚したり沈滞したりを繰り返すのかもしれない。しかし、どれほど困難であろうとも、労働現場におけるブルジョアジーからの攻撃に対して立ち向かい、労働者階級の階級的な団結を創造すること——これは、ブルジョアジーに対する力関係を無視して見かけ上の「戦闘的労働運動」を演出することとは無縁である——は、われわれマルクス主義者の倫理的義務であるとさえ言ってよい。
 そもそも、階級闘争とは「われわれが創造することのできない「自然な」現象」なのだろうか?かつてヴェトナム反戦をも掲げて幾度も打ち抜かれた全軍労ストライキ(1960年代末〜70年代前半)、あるいは日帝支配階級を震撼させた公労協スト権奪還ストライキ(1975年)を思い返しても、それが資本制の「自然な」現象だ、などと言うことは決してできない。どちらも、労働組合主義的意識にとどまり自然発生性に拝跪していたならば成り立たなかった闘争であり、それぞれの職場においては常に、革命的前衛党が左翼フラクションを組織化し労働組合組織下部から闘争を地道に積みあげ押し上げるなどの諸活動を繰り広げていたのである。このことは、「存在している経済闘争の最前列に加わ」っているイタリアの同志たちもよく分かっているはずだ。
 無論われわれは、レーニンの『何をなすべきか?』の意義を否定するつもりはなく、また各国の革命的左翼に向かって、わが組織現実論を体得せよ、などと上から目線で言うつもりも毛頭ない。諸君は、労働者階級の外部から革命的意識を持ち込むというレーニン的戦術の意義を強調しながらも、実際には多くの職場・労働組合の中で党員を有し、その党員たちは共産主義者として階級闘争の先頭に立って闘っているのだ。このことは、ジェノヴァでの闘いについてロッタ・コムニスタの同志が示唆してくれた通りであって、われわれが知り議論したいのは、そういった闘いの現実と教訓なのである。もし諸君が自覚的に、階級闘争共産主義者自らの力で推進していく組織戦術を貫徹するならば、日本に比してなお労働運動の力が維持されているヨーロッパにおいては、もっと大胆に、しかも“効率的に”、前衛党を強化拡大することができるのではないだろうか。わが探究派がイタリアの友人たちに返答として伝えたいのは、まさにこのことである。
 ロッタ・コムニスタをはじめ、革命的マルクス主義に立脚して闘う全世界の同志諸君!プロレタリア国際主義の大道を共に歩み、<革命の第二世紀>を切り拓こう!

(2024年4月5日  春木 良)

イタリアの同志たちからの通信  第二回ミラノ国際会議について(連載その4)

 本年2月17日・18日の二日間にわたってイタリア・ミラノで開催された「国際主義者会議」に関して、これまで本ブログでは、わが探究派の寄稿した論文、集会参加者へのメッセージ、そして会場で提案されたアピール文を掲載してきた。今回は連載の締めくくりとして、実行委員会の構成団体である「ロッタ・コムニスタ」の同志から寄せられた意見を要約する形で紹介し、われわれの態度を明らかにしておきたいと思う。

1、民族問題をめぐって

 このブログの読者諸氏はすでにご承知のことと思うが、「革マル派」中央官僚は昨年末、「笹山登美子」に「ロッタ・コムニスタはプーチン擁護をやめよ!」と題する駄文を書かせ、『解放』(2796号)に載せた(『新世紀』329号に再録)。これは、ウクライナ防衛戦争を支持せず「革マル派」を批判する者はすべてプーチン支持者であると決めつけるたぐいの、まことに低レベルな“反論”であった。この中で特徴的だったのは、この御用学者がウクライナの「民族」を守るべきものとして描き出すために、あろうことかマルクスエンゲルスの『共産党宣言』を使ったことだ。まともに文章を読める人であれば、「労働者は祖国をもたない」と明確に述べた『宣言』が、まさかゼレンスキーの戦争を正当化するのに役立つなどとは決して思わないだろう。しかし笹山は「民族は非存在ではない」と言って、マルクスエンゲルスも「民族自決」の意義を認めていたのだ、などとほざいた。そこで笹山が『宣言』(国民文庫版)から引用したのが、次の一文である。

ブルジョアジーに対するプロレタリアートの闘争は、その内容からではないが、その形式上、最初は民族的である。いずれの国プロレタリアートも、当然まず自国のブルジョアジーをかたづけなければならない」(「革マル派」が依拠している国民文庫版より引用)

 プロレタリアートの闘争が「形式上」はナショナルだというのは、労働者階級が「当然まず自国のブルジョアジーをかたづけなければならない」からであり、それ以上の理由はない。この文章にどれほどしがみついても、「当然まず」ゼレンスキー政権にもっと武器を贈るべきだ、などという「革マル派」の要求は論理的にみちびき出せない。しかし笹山はどうしても<労働者階級もまた「民族」の一員なのだからウクライナ国家をロシアから守れ>と言いたいので、彼女は上の文章を、「民主主義的任務の遂行からプロレタリア的任務への遂行へ」という二段階革命論を明らかにしたものだとねじ曲げたのである。ゼレンスキー政権に奉仕することは、ウクライナの労働者階級の「民主主義的任務」だ——結局これが、「革マル派」の主張なのである。
 これに対して、笹山に名指しされたロッタ・コムニスタの同志は、「Kakumaru」を批判して次のような趣旨の手紙をわれわれに寄せてくれた。

革マル派は『共産党宣言』を引用してプロレタリアートの闘争が「民族的」であると言っているが、マルクスエンゲルスはそのわずか数行後にこう書いているのを見落としてはならない。すなわち、「共産主義者は、一方では、プロレタリアのさまざまな一国的闘争において、プロレタリアート全体の国の別にかかわらない共通の利益を強調し、主張する。他方では、プロレタリアートブルジョアジーとの闘争が経過するさまざまな発展段階において、つねに運動全体の利害を代表する」。なお下線は、エンゲルスが1894年に「マルクスと新ライン新聞」という文章の中で『宣言』の意義を強調するときに自分で引いた部分である。
共産主義者は常に、全世界のプロレタリアートの運動を自らの立脚点としており、それぞれの民族問題は、プロレタリアートの国際的な革命戦略に従属している。「革マル派」は『共産党宣言』の一文をしばしば引用するが、(1)「ナショナルな」という言葉の一時的で暫定的な性格をはっきりさせる日本語訳をつくっていないし、(2)問題の核心であるところの上に引いた一文を隠しているのだ。
レーニンが言うように、『宣言』が書かれた1848年当時でさえ、マルクスエンゲルスはあらゆる「民族自決」に賛成していたのではない。むしろこの二人は、ブルジョア民主主義的な「民族自決」要求を労働者階級の一般的利害に従属させていたのである。エンゲルスは、民族の自決を無差別に支持したバクーニンと論争している。歴史的にも、民族問題が解決されうるかどうかは1850年頃までに、プロレタリア革命の成否に左右されるようになる。1848年には独立のために戦うと言っていたブルジョアジーは、結局その代わりにプロレタリアートと戦争したのだ。

 われわれも、この批判に同意する。
 付け加えるならば、われわれは「民族自決」の要求を、それがプロレタリアートの闘争にとってもはや時代遅れのものになったという理由で——つまり客観的諸条件の歴史的変化を理由にして——しりぞけるのではない。プロレタリアートの利害をブルジョア民族主義に従属させてしまっては、プロレタリアートの階級的組織化を推進することがそもそも不可能なのだ。「人民の抱く素朴なナショナールな感情は〔…〕直ちに唾棄できるものではない」という御用学者・笹山の言辞は、「革マル派」がもはやプロレタリア階級闘争を主体的に推進する意志をとうの昔に喪失してしまったことの証左にほかならない。否むしろ、マルクス主義の「土着化」なるテーゼを掲げて右翼カルト化している、というほうが「革マル派」の実情に即しているのかもしれない。

2、階級闘争の主体的推進をめぐって(次回につづく)

(2024年3月24日 春木良)