産経新聞5月4日社説「日本の科学力 安全保障の観点で再建を」の意味

  産経新聞は現在の日本独占ブルジョアジーを代弁して危機意識丸出しの社説を発表した。

 曰く、
 「新型コロナウイルスのワクチン開発において、日本は世界のトップグループのスピードについていけなかった。行政と医療機関、国民の間で必要な情報交換や手続きでは、デジタル化における後進性が露(あら)わになった。コロナ禍で炙(あぶ)り出された日本の現状である。科学技術に関して『日本は先進国である』という思い込みは、捨てなければならない。」
 「産官学と国民が総力を結集して日本の科学技術の立て直しを図る必要がある。日本の科学力の危機的な低落傾向は、平成20年前後から繰り返し指摘されてきた。多くのノーベル賞受賞者や英科学誌は、研究開発への投資額の少なさ、短期的成果偏重の弊害、若手研究者の不安定な身分-などの要因を挙げた。政府は令和2年度から若手研究者支援策を始めたが、科学力のV字回復を実現するためには、経済界や国民を幅広く巻き込んで、日本社会の科学力を向上させる必要がある。ワクチン開発やデジタル化での遅れが、大学や研究機関の科学力が原因だったとは考えにくい。研究室の段階では必要な知識、技術はあるはずなのに、製品開発や社会普及の段階で世界のトップグループからは大きく遅れた。その原因は社会の科学力にある、と認識すべきである。」

 コロナワクチン開発の遅れにあらわれている日本帝国主義の技術開発力の衰退を臆面もなく嘆き、危機感を露わにしているのだが、その原因を社説では「社会の科学力」にもとめている。そして、「新型コロナのような未知のウィルスに関して」「安全保障上の問題」ととらえ、「政治と経済が連動し、国民を巻き込まなければ社会の科学力を高めることはできない。」「安全保障の観点で「日本の科学力」の立て直しを図らなければならない。」と結論づけている。
 原因としては次のことを挙げている。
「日本の科学力の危機的な低落傾向は、平成20年前後から繰り返し指摘されてきた。多くのノーベル賞受賞者や英科学誌は、研究開発への投資額の少なさ、短期的成果偏重の弊害、若手研究者の不安定な身分-などの要因を挙げた。」と。

 

 この社説の最大の特徴は、日本帝国主義の科学技術力の低下を安全保障上の問題ととらえていることであり、そのために社会の科学力(国民総動員体制)の構築が必要だと言っている点にある。この社説が発表された2日後に憲法改悪のための国民投票法案が衆院特別審査会に提出され、可決されたことは偶然ではない。日本独占ブルジョアジーは、増強され続ける中国の軍事力に、アメリカ帝国主義とともに対抗していくにあたっては、凋落してしまった今の日本帝国主義の科学技術開発力に並々ならぬ危機感を示しているといえる。

(だが、これは日本資本主義の景気の浮揚のために市場に大量のカネをばらまいてきたにすきないアベノミクスの大破産の一帰結でもある。小泉内閣新自由主義的財政政策を継承し、福祉はもとより文教予算すらも安倍内閣は削減し続けてきたからである。)


 社説の言う原因を除去するためには、憲法改悪に反対する学者など邪魔だというわけだ。昨年、日本学術会議が推薦した委員のうち6人について菅政権はその任命を拒否したが、この任命拒否を撤回しないまま、日本学術会議のありかたに関わる問題を論議するための有識者と井上科学技術庁担当大臣との初会合なるものがもたれた(5月20日)   

 学術会議梶田会長が「国の特別機関である今の組織形態を変更する理由を見いだすことは困難」と言ったのに対して、井上は「最終的には政府としての方針を責任をもってしっかり示したい」と言い放ったのである。


 これは日本共産党がいうように、「わが国の法治主義、法に対する支配への挑戦」「学問の自由、思想、表現の自由という基本的人権の中の核心部分をなす精神的自由に対する挑戦」という問題ではない(彼らの場合には、「法の支配」とか「基本的人権」という概念の階級性、ならびに法そのものや基本的人権と呼ばれるものそのものの階級性を、修正資本主義路線のゆえに不問に付している)。それは、日本型ネオ・ファシズム支配体制をよりいっそう強化していくものとしての国家総動員体制の構築の一環をなしているのである(この言い換えが「社会の科学力」にほかならない)。


 さらに産経社説では「行政と医療機関、国民の間で必要な情報交換や手続きでは、デジタル化における後進性が露(あら)わになった。」と言っている。これは菅政権がデジタル庁を創設して、国民の情報管理を一元化・効率化しようとしていることに呼応しているものである。
 このような日本独占ブルジョアジーの要求に応えて菅政権が推進するであろう国家総動員体制の構築ならびに反対運動弾圧をも視野に入れた国民情報一元化の企みに反対するのでなければならない。
        (2021年5月22日 南杜夫)