〈反帝国主義・反スターリン主義〉世界革命戦略の歪曲――「中国=ネオ・スターリン主義」規定の誤謬

 〔「革マル派」現指導部は、「革命戦略上・運動=組織路線上・組織建設路線上の対立などとは全く無縁な地平で、……」などという非難を、われわれに投げつけた。これは、これらのすべての理論的諸部面にわたってのわれわれの批判から彼らが逃げまわってきたことをおおい隠す言辞にほかならない。このような非難は、彼らの〈反帝国主義反スターリン主義〉世界革命戦略の歪曲への、したがって同時に、彼らの言う「中国=ネオ・スターリン主義」規定への、われわれの批判に何かひと言でも答えてから言ったほうがいい。
 ここに、彼らの革命戦略上の歪曲を批判した私の論文を掲載する。
 この批判に何か答えてみよ!
     2022年8月3日  松代秀樹〕

 

 

 反帝国主義反スターリン主義〉世界革命戦略の歪曲
  ――いま今日の中国(国家)をネオ・スターリン主義と規定するのはなぜなのか


 「ネオ・スターリン主義」とはどういう意味なのか

 

 「解放」の二〇一三年新年号(第二二五〇号)において一斉に、今日の中国(国家)にたいして、「ネオ・スターリン主義」という規定があたえられた。これはいったいなぜなのか。いまなぜ今日の中国をこのように規定するのか、ということも、中国のどのような現実をさしてこう言うのか、ということも、「ネオ・スターリン主義」とはどういう意味なのか、ということさえもが、どの論文においても書かれていない。でてくるのは、この言葉だけなのである。
 巻頭の植田論文では次のように展開されている。
 「二十一世紀現代世界における全世界プロレタリアートの普遍的任務は、〈反帝国主義反スターリン主義〉以外にはありえない。
 帝国主義が今なお生き延びているのは、あらゆる意味でスターリン主義のゆえにほかならない。それだけではない。現代中国は、ネオ・スターリン主義国家なのであって、中国の労働者階級はみずからの国家権力打倒のスローガンとして〈反スターリン主義〉を高々と掲げなければならない。同時に、かの栄光のロシア・プロレタリア革命の実現にもかかわらず、この革命ロシアがスターリン主義によって歪曲され、そして倒壊したというこの屈辱的現実。このロシアのプロレタリアートは〈反スターリン主義〉でみずからを武装しつつ、FSB強権型支配体制を打倒し、真のマルクス主義武装したプロレタリアート独裁国家をうちたてなければならないのである。
 そしていうまでもなく、わが日本においては、断末魔であるとはいえ、いまなお日共スターリニスト党が余命を保っているのであって、当然にもその革命的解体は、われわれの焦眉の組織的任務にほかならない。」
 無署名論文では次のように書かれている。
 「まさに今、現代資本主義の末期性について多くの労働者・勤労人民が直感している。そしてまた「社会主義」の看板を掲げたネオ・スターリン主義中国の反人民性も赤裸々になっている。だがしかし、スターリン主義のエセマルクス主義としての本質がいまだに自覚されていない。
 まさにいま全世界の労働者が勝利にむかって前進するためには、スターリン主義と主体的に対決していくことが絶対的に必要である。そのことなしには、全世界のプロレタリアートの自己解放をかちとることは決してできないのだ。」
 水木論文では次のようにのべられている。
 「「社会主義国」を自称しながら、この国の政治経済構造を国家資本主義に転換させ、無産者につきおとされた労働者たちや失地農民や農民工たちを生き血として資本に供することによって延命してきた中国ネオ・スターリン主義。その党はいよいよ思想的に空洞化し、その組織の中枢から腐臭をはなってさえいる。
 ……腐臭をはなっている中国共産党、このネオ・スターリン主義党を解体し、反スターリン主義武装した革命的前衛党の創造をめざして闘いをおしすすめよ!」
 すでに「解放」第二二四六号では次のように書かれていた。
 「いま、苦難を強いられ悲惨を強制されている中国の労働者人民は様ざまな形態をとって、陸続と抗議の闘いに起ちあがっている。しかし、その闘いはなお今日の中国共産党のネオ・スターリン主義としての本質をつかみえず即自的な闘いにとどまっている。」
 「ネオ・スターリン主義」というのはスターリン主義のネオ形態ということであろう。今日の中国の党や国家を、ネオであれ何であれスターリン主義と規定するのであるならば、それは、今日の中国の党・国家・政治経済体制・そしてイデオロギーの根底につかみとられるところのその本質として、したがってそれらをその根底から規定しそれらをつらぬくその本質として明らかにされなければならない。それは、スターリンの「一国社会主義」のイデオロギーをその本質とするスターリン主義の一形態として明らかにされなければならない。けれども、このようなことを明らかにする論述は何もない。「ネオ・スターリン主義国家」とか「ネオ・スターリン主義中国」とか「ネオ・スターリン主義国」とか「中国ネオ・スターリン主義」とか「ネオ・スターリン主義党」とかというように、「ネオ・スターリン主義」という言葉は、「中国」「国家」「党」の修飾語として語られているにすぎない。
 「今日の中国共産党のネオ・スターリン主義としての本質」というばあいは、何ら規定されていない「ネオ・スターリン主義」ということが、今日の中国共産党の本質にまつりあげられている。われわれがこれから明らかにしなければならない「ネオ・スターリン主義」という規定が、いやこの用語が、分析主体たるわれわれ、および、われわれがみずからの分析の対象とする今日の中国共産党という物質的現実、この主客の二実体をぬきにして実体化され、あらかじめ実在するかのような、先験的な「本質」とされているのである。
 無署名論文では、わずかに「スターリン主義のエセマルクス主義としての本質」という一句もでてくるのであるが、それは「労働者・勤労人民」によって「いまだに自覚されていない」こととしてのべられているにすぎず、その直前に書かれている「ネオ・スターリン主義中国の反人民性」ということとは切断されている。すなわち、せっかく先の「本質」ということを書いているにもかかわらず、「ネオ・スターリン主義中国」という規定を、ここにいう「本質」から捉えかえして展開してはいないのである。しかもここでは「スターリン主義」の「本質」規定の内容はうすめられている。「エセマルクス主義」というのでは、スターリン主義だけではなく、マルクス主義のあらゆる歪曲形態に妥当する規定である。スターリンによって歪曲されたマルクス主義スターリンの「一国社会主義」のイデオロギーを本質とするスターリン主義、というようには明らかにされていないのである。「エセマルクス主義」というようについうすめてしまったのは、今日の中国の党・国家・政治経済体制・イデオロギーをその根底から規定するところのものを、スターリンの「一国社会主義」のイデオロギーを本質とするスターリン主義、その一形態として明らかにすることには無理がある、という感覚・意識・下意識的意識が筆者によぎったからではないだろうか。スターリン主義の規定を、「社会主義」を言葉としては掲げている今日の中国の党=国家官僚にも当てはまりそうなものに変えてしまったのではないだろうか。

 

 スターリン主義負の遺産の超克」論の誤謬は克服されたのか

 

 新年号の諸論文で大々的にうちだされているにもかかわらず、その内容をまったく明らかにすることのできないこの用語がもちだされたのは、いったいなぜなのだろうか。
 現段階における世界革命戦略、〈反帝国主義反スターリン主義〉世界革命戦略を、変貌した今日の世界情勢のもとで、この物資的現実において基礎づけるために、この「ネオ・スターリン主義」という用語はもちだされたのであろう。だが、この用語のもちだしは、かつて乱舞したところの「スターリン主義負の遺産の超克」というフレーズ、ここにはらまれている問題性を克服しようと意図しながらも、このフレーズのなかの「スターリン主義負の遺産」という句を「ネオ・スターリン主義」という用語に置き換えることをもって、その問題性の克服としたものである、といわなければならない。このような克服の仕方がうみだされたのは、次のことにもとづく。すなわち、〈米中新対決の時代〉には「スターリン主義負の遺産の超克」というかたちで〈反スターリン主義〉を継承していく、という主張は、〈米中新対決の時代〉の名のもとに、われわれの〈反帝・反スターリン主義〉世界革命戦略、その〈反スターリン主義〉戦略を「スターリン主義負の遺産の超克」戦略に歪曲するものである、という私の批判を――この批判にまったく何も答えないというかたちで――無視抹殺し足蹴にし、このスローガンにはらまれている問題性をその根底からえぐりだし克服するための理論的=組織的闘いを徹底的におこなわなかったからである。われわれが対決している対象の一つたる中国の党および国家を、「スターリン主義負の遺産」と規定するのではなく、「ネオ・スターリン主義」である、なおスターリン主義なのだ、と規定することをもって、自分はスターリン主義と対決しているのだ、「反スターリン主義」戦略を堅持しているのだ、というように自己を納得させたことにもとづくのである。
 「スターリン主義負の遺産の超克」というフレーズは、同志黒田の死の半年後に登場しそれから一年余りにわたって「解放」紙上で跋扈した。そして忽然と消えた。けれども、一世を風靡したこのフレーズを尻ぬぐいする論文は、「解放」紙上に掲載されてはいない。この尻ぬぐいをやらないというのは、それこそ全世界の労働者・勤労人民に害毒をまき散らすものではないだろうか。
 同志黒田寛一一周忌の論文では次のように展開されている。
 「胡錦濤の中国にせよ、プーチンのロシアにせよ、現代帝国主義との対抗において敗北し自己崩壊をとげたスターリン主義、その末裔どもが――それぞれの統合イデオロギーを異にするとはいえ――破産ののりきりのために政治経済構造の国家資本主義的改造の方途をとっているといえる。このようなものとしてこの両者は、〈スターリン主義負の遺産〉としての性格・意味をもっているのである。
 この中国とロシアを、それぞれ破産したスターリン主義ののりきりの第一ならびに第二の形態としてとらえ返すならば、その第三の形態が、旧東欧諸国(地政学的には現中欧諸国)ならびにわが日本や西欧諸国の、修正資本主義=真正社会民主主義への転換をとげた転向スターリニスト諸党であるといえる。」
 「同志黒田が明らかにした〈反帝・反スターリン主義〉世界革命戦略は、いわゆる東西両陣営による分割支配のもとにあった二十世紀現代世界の分析把握、〈帝国主義スターリン主義との相互依存・相互反発〉を根源として運動する物質的世界という法則的把握にふまえて、解明されたのであった。スターリン主義ソ連邦の崩壊を結節点としてスターリン主義の自己崩壊が画され、いまや〈米中新対決の時代〉または〈米―中露新対決の時代〉への現代世界の転換がもたらされている今日においては、この現代世界の転換についての分析把握にふまえて、しかも〈スターリン主義負の遺産〉の超克=根絶というかたちにおいて〈反スターリン主義〉を継承していくべき本質的必要性からして、〈反帝・反スターリン主義〉世界革命戦略を内容的に具体化していくことが、われわれに問われているのである。これは、同志黒田亡きあとの歴史的現実のもとで、われわれに課せられている反スターリン主義革命諸理論の理論的探求上の一つの核心問題をなすのである。」(『新世紀』第二三〇号、一六~一七頁)
 ここでは、〈帝国主義スターリン主義の相互依存と相互反発〉の時代に〈反帝・反スターリン主義〉世界革命戦略を同志黒田は解明したのであったが、〈米中新対決の時代〉となった今日においては、〈スターリン主義負の遺産〉の超克=根絶というかたちにおいて〈反スターリン主義〉を継承していく、というように、前半と後半とがパラレルに論じられている。いまや、われわれの〈反帝・反スターリン主義〉世界革命戦略は過去の時代のものとみなされ、〈反スターリン主義〉は、われわれが継承していくものにおとしめられているのである。
 しかも〈反スターリン主義〉を今日的に継承していく形態としてうちだされているところの「〈スターリン主義負の遺産〉の超克=根絶」、これの〈スターリン主義負の遺産〉とは、スターリン主義の末裔どもが破産ののりきりのために政治経済構造の国家資本主義的改造の方途をとっているところの今日の中国やロシア(さしあたり第一・第二形態とされているものを挙げれば)というものでしかないのである。われわれはスターリン主義そのものを超克するのではなく、われわれが超克すべきものはそれの「遺産」にすぎないのであり、スターリン主義者そのものを問題にするのではなく、それの「末裔ども」がやっていることを問題にするだけなのである。これでは、当然にも、現段階における〈反スターリン主義〉戦略を理論的に基礎づけることはできない。筆者は、「スターリン主義の自己崩壊が画され」てしまったがゆえに〈反スターリン主義〉戦略(われわれの世界革命戦略の一モメントとしてのそれ)を理論的に基礎づけることができなくなって困ってしまい、スターリン主義は死んだのだからその「遺産」を超克=根絶することがわれわれの任務だ、ということをひねりだしたのである。スターリン主義が破産したがゆえにこそ、われわれは、破産したところのスターリン主義そのものを超克していくのだ、われわれはスターリン主義そのものをその根底からのりこえていかなければならない、というようには、筆者はまったく考えていないのである。
 筆者のこのような混迷――実際には困っているにもかかわらずそのようなものとして自覚せず自信にみちみちている、という自覚せぬ混迷――にたいして、今日の中国の党・国家は「ネオ・スターリン主義」であり、少なくとも中国ではスターリン主義はまだ生きているのだから、われわれの〈反スターリン主義〉戦略もまたまだ生きているのだ、ということを対置して何になるのであろうか。これは、われわれが対決している対象を別様に解釈して自己を納得させる、というようなものではないだろうか。
 「スターリン主義負の遺産の超克」論も、これを克服したものとしてうちだされているものも、そこにつらぬかれているのは、客観情勢とわれわれの世界革命戦略とを一対一的に対応させて考える考え方であり、スローガン主義的思考法である。「スターリン主義負の遺産」とか「ネオ・スターリン主義」とかといったシンボルをこしらえあげなければならないのは、いったいなぜなのであろうか。
 現代ソ連邦の自己解体というかたちにおいてスターリン主義は破産した。まさにこのゆえにこそ、われわれは、破産したところの当のものそのもの、スターリン主義そのものをその根底からのりこえていかなければならないのである。だから、現段階におけるわれわれの世界革命戦略は〈反帝・反スターリン主義〉なのである。
 スターリン主義は破産した。スターリン主義を人格化して表現するならば、スターリン主義は死んだ、といってもよい。だが、今日の中国(ロシア)の国家を牛耳っている者ども、国家権力者は、かつてはスターリン主義者であった。スターリン主義者であった人物そのものは死んではいない(スターリン主義者であった老齢の者はその後死んだが)、ピンピンしているのである。スターリン主義者、スターリン主義党=国家官僚であった人物が、みずからのもっていたスターリン主義というイデオロギーを捨て、自国を資本主義的政治経済構造に変える、というイデオロギーをみずからのものとしたのであり、これらの人物が、党=国家官僚として、自己のこのイデオロギーにもとづく諸政策を自国の経済的現実に貫徹したのである。だから、「遺産」とか「末裔」とかとは、言えないのである。また、中国の彼らは、いまなおスターリン主義者である、とは言えないのである。彼らは、みずからのもっていたスターリン主義というイデオロギーを捨てたのであり、これにとって替えた「資本主義化」というイデオロギーとその諸政策を現に物質的現実に貫徹したがゆえに、彼らは党=国家官僚のままで資本家となったのである、国家資本の人格化された形態をなす資本家となったのである。
 このことは、次のような論理を考えるならば明らかであろう。観念論から唯物論への過渡、というようには言えない。観念論と唯物論とは、相対立する別の哲学体系をなすのであり、前者から後者への過渡というようなものはありえないからである。梅本克己が哲学的に探究したところのものは、観念論者から唯物論者への過渡、と表現されなければならない。観念論者であったこの私がいかにしておのれの観念論的立場を克服し唯物論者へと自己脱皮していくのか、この主体的な自覚の論理を、彼は追求したのだからである。――ということを、である。
 今日のロシアや中国の現実の分析に、この論理を論理として適用することが肝要なのである。この論理を駆使し、スターリン主義専制国家の党=国家官僚としてスターリン主義者であった者どもが、自己がもっていたスターリン主義というイデオロギーを破棄して、自国のスターリン主義的政治経済体制を解体しこれを資本制的政治経済構造に変えることを意志した人間に転身・転向した、というように把握すべきだ、ということである。ロシアのスターリン主義者であった者どもは共産党それ自体を解体したのであったが、中国のスターリン主義者であった者どもは共産党を解体することなくそれに君臨したうえで、党=国家官僚として右のように意志して、みずからのこの意志すなわち国家意志を中国の経済的現実に貫徹し、そうすることによってみずから党=国家官僚のままで資本家(官僚資本家)となったのであり、このことをおおい隠し党指導者として君臨するために「社会主義市場経済」といったイデオロギーをふりまいているわけなのである。右に見た論理を適用することをとおして、このような把握がなされなければならない。
 「スターリン主義負の遺産」といった把握は、スターリン主義者であった者どもというこの実体をぬきさった、すなわち人間をぬきさった把握なのであり、人間をぬきにしているということをおおい隠すために、スターリン主義というイデオロギー(党・国家・政治経済体制をつらぬく本質的イデオロギー)をあたかも人間であるかのようにとりあつかったものなのである。もしもスターリン主義官僚専制国家権力が、国内につくりだされた帝国主義的諸勢力によって打倒されたのであるならば、国家権力をにぎったこの帝国主義的諸勢力にとっては、彼らが眼前にしているロシアないし中国の悲惨な社会的経済的現実は「スターリン主義者の負の遺産」をなす、というように言うことができるわけである。けれども、実際に起こったことはそういうことではない。また、「末裔」という言葉はふつう、或る人物の子孫にたいしてつかうのであって、或る一人の人物の転身・転向についてはこのようには言わない。だから「スターリン主義の末裔」という句は、スターリン主義者であった者どもという実体=人間をぬきさっていることの紋章なのである。もしも「末裔」という言葉をつかうのであるならば、転向したうえで国家権力を握っている者どもをさして「スターリンの末裔であった者ども」とよべるにすぎない。
 さらに、「スターリン主義負の遺産」といった把握を克服するものとして(そのようには書いていないがそういうものとして)うちだされたところの、中国の党や国家を「ネオ・スターリン主義」とする規定もまた、スターリン主義者であった者どもというこの実体をぬきさったものである。無署名論文で乱発されている「ネオ・スターリン主義中国」という用語法に端的にしめされているように、その担い手をぬきさったところの「中国」ないし党や国家、すなわち諸実体ぬきの空っぽの形態つまり形骸、これの呼び名をどうするのか、ということに腐心しているにすぎないのである。無署名論文では書かれてはいないけれども水木論文で書かれているところの、「「社会主義国」を自称しながら、この国の政治経済構造を国家資本主義に転換させ」という規定をとりあげるならば、自国の政治経済構造を国家資本主義に転換させることを意志した国家権力者は、はたしてスターリン主義者なのであろうか。たとえ「ネオ」という言葉をくっつけたとしても、はたしてスターリン主義者なのであろうか。このように意志した国家権力者は、スターリン主義者から転向した、と言うべきなのではないだろうか。こう意志した瞬間において国家権力者たるこの主体は本質的に転換した、といわなければならないのでないだろうか。こうしたことがらを考察しないことをおおい隠すために、すでに形骸として認知された「中国」、これのたんなる修飾語として「ネオ・スターリン主義」という用語がとりあつかわれているわけなのである。
 さらにいうならば、「ネオ・スターリン主義」という修飾語をくっつける形骸のなかから、今日の中国の政治経済構造が、慎重に外されている。新年号の三つの論文では、今日の中国の政治経済構造はネオ・スターリン主義である(ネオ・スターリン主義政治経済体制である)、という規定はどこにもでてこない。われわれは、スターリン主義という概念を、(現代ソ連邦や中国などの)党・国家・政治経済体制・イデオロギーを規定する本質的概念として、すなわちこれらの諸実体をふくみつつかつ否定した本質的概念として把握してきたのではないだろうか。いま、スターリン主義という概念の内容から、政治経済体制にかんする規定、すなわちスターリン主義政治経済体制という規定をぬきとるのであろうか。それとも、今日の中国の政治経済構造はネオ・スターリン主義政治経済体制である、と規定するのであろうか。もしもそう規定するのであるならば、その規定の内容はどのようなものなのであろうか。
 今日の中国の党や国家を「スターリン主義負の遺産」と規定するのも「ネオ・スターリン主義」と規定するのも、その立場は客観主義である。われわれがこうした特定の現実を分析するときに、スターリン主義者であった者どもという実体=人間をぬきさるのは、他面からするならば、分析主体の立場が客観主義に転落していることにもとづくのである。分析主体が、おのれの分析の対象とする特定の現実、これをつくりだしている諸実体のうちの一定の実体の立場に、すなわちスターリン主義者であった者どもの立場に、わが身をうつしいれて主体的に分析しているのではない、ということに、右の二つの規定がうみだされる根源があるのである。
 スターリン主義者であった者どもが、みずからのもっていたスターリン主義というイデオロギーを破棄して、党=国家官僚として、自国のスターリン主義政治経済体制を解体してこれを資本制的政治経済構造に変えると意志し、党=国家官僚たる彼らが自己のこの意志を自国中国の政治的経済的現実に貫徹することをとおしてつくりだされたのが、今日の中国の国家であり、今日の中国の政治経済構造なのである。まさにこのゆえにこそ、現存する中国の国家権力を打倒するための世界革命戦略は〈反帝・反スターリン主義〉なのである。

 

 「富裕層」という通俗的分析がなされる根拠は何か

 

 無署名論文では次のような分析がなされている。
 「そして他方、今なお「中国の特色ある社会主義」とか「人民中国」とかの看板を掲げている中国では、党官僚とその親族、これと結託した企業経営者などの富裕層が汚職と不正蓄財とによって社会の富を独占している。じつに人口比一%の一握りの富裕層が、中国社会の富の四〇%を独占しているという。だがしかし、「腐敗問題の解決」を口にする胡錦濤習近平をはじめとする党官僚は、みずからが不正蓄財や汚職に手を染めることができる官僚的特権を決して手放そうとはしない。いま中国では労働者・農民工・農民たちが、「仇官」(権力者=官僚を憎む)「仇富」(金持ちを憎む)を合言葉にして、怒りに燃えて闘いに起ちあがっている。」
 富裕層が社会の富を独占している、とは、なんと通俗的分析、社会学的分析であることだろうか。もちろん、そういうことが言われている、と紹介することはよい。問題は、そのように言われているところの対象たる現実そのものをわれわれがどのように分析するのか、ということである。けれども、このパラグラフの最初から最後まで同じトーンのことが書かれているにすぎない。引用したこのパラグラフは、即自的展開の部分ではない。これが、最後の章の最後の節で中国それ自体について書かれていることのすべてなのである。
 とにかく、この展開は奇妙である。「党官僚とその親族、これと結託した企業経営者など」というように、どういう奴らなのかということをせっかく具体的に挙げたにもかかわらず、そいつらをひとまとめにしてそれに「富裕層」という概念規定を筆者があたえたことが、私には奇妙なのであり、そうしたうえで、「富裕層が汚職と不正蓄財とによって社会の富を独占している」という俗人まがいの文を筆者が書いたことが、私には奇妙におもえるのである。この謎は、次の文、すなわち自分の分析内容を実証的に裏づけるために、自分が読んだ資料の内容を紹介している文を読むと――その直接性にかんするかぎりは――解ける。「富裕層」とか「社会の富」とかという用語をつかって筆者が自分の分析内容を展開したのは、彼が読んだ資料においてそれらの用語がつかわれていたからだ、筆者は自分が読んだ資料の内容にオルグられた頭で、そこでつかわれている用語をそのままつかって論文を書いただけのことなのだ、とわかるのである。だが、これはいったいどうしたことか、筆者はいったいどうなってしまったのか、と謎は深まるばかりなのである。資料を読んだときに、この「富裕層」とはいったい何をさすのか、ここで「富裕層」と呼称されているところの物質的現実そのものは何か、その現実そのものをわれわれはどのように分析すべきなのか、というように、筆者は頭をめぐらせてはいないのである。
 「党官僚とその親族、これと結託した企業経営者などの富裕層」という句は、筆者がおのれの把握内容を言語体をつかって対象的に表現したものなのであるが、彼がこのように表現するということは、彼が資料を読んだときの彼の内面的な思惟の営みそのものが次のようになっていたからだ、と私にはおもえるのである。「富裕層」という文字表現態を彼が見るとともに、彼の頭にはパッと、党官僚、その親族、これと結託した企業経営者、といった言葉がひらめきうかぶ。このとき、これらの言葉と、これらの言葉によってあらわされる概念をもちいてわれわれが把握するところの物質的現実そのものとを区別するかたちでは意識されていない。両者が混然一体となるかたちで表象されている。この渾然一体となったのものと、いま頭に入ったばかりの「富裕層」という言葉とが、彼の頭のなかでペッタンコいっしょになる。こうしたものが彼の意識の底に記憶として沈殿する。――こういうことが、彼の頭のなかで起こっているのではないだろうか。そうでなければ、筆者が先のような表現をとることはない、自分の分析内容を言語的に表現するときには、筆者は、「富裕層とよばれるこれこれの者ども」というようにでも書く、と私にはおもえるのである。もしも「富裕層」を、ここに挙げられている者どもにかんする本質的規定である、と筆者が考えているのだとするならば、中国のもろもろの人々を、彼らはどのような諸階級・諸階層からなりたっているのかというようにマルクス主義的に分析することを、彼は放棄した、ということになってしまうのである。彼の分析力・思弁力・論理的諸能力・プロレタリア的価値意識はいったいどうなってしまったのであろうか。
 筆者が挙げている者どもは、その多くは国有企業の経営者あるいは国有企業を統括する国家諸機関の官僚(党=国家官僚)なのであり、これらの者どもは国家資本の人格化された形態をなすのである。また私営企業を経営している者どもは、そうした諸資本の人格化された形態をなすのである。このようなものとして、彼らは中国のブルジョア階級を構成するのである。それとともに、中国社会の富は、資本という規定をうけとるのである。さらに、汚職と不正蓄財とは、彼らの致富手段の全体からするならば、氷山の海面から上にでている部分にすぎないのであって、彼らは労働者・勤労大衆から膨大な剰余価値を搾取しかつ収奪しているのである。他方、労働者・農民工は、賃労働者=プロレタリアをなすのであり、農民もまた階級的・階層的に分化してきているのであって、そのことが分析されなければならないのである。
 どうも、この無署名論文の筆者には、右のような階級的な分析をしたくない、という下意識的意識がはたらいている、と私にはおもえてならない。今日の中国の党や国家を「ネオ・スターリン主義」と規定するならば、今日の中国の政治経済構造についてはこれをどう規定するのか、ということが問題となるのであり、今日の中国の政治経済構造は資本制的に変質したのではなく、それはネオ・スターリン主義政治経済体制をなす、と言いきってしまえば、この言は、現実離れしたものとなってしまうか、たんなる言葉のひねくりまわしになってしまうかするのであって、この問題については考えるのを回避したい、という意識が彼をつきうごかしているのであろう、ということである。このことについてはすでにのべた。
 今日の中国には、共産党を自称する党が厳然と存在しているのであり、この党をわれわれはどのように分析するのか、ということが問題となる。この分析を、現実の下向分析にわれわれの諸理論・諸論理を総動員して適用する、というかたちでおこなっていないことが問題なのである。「党官僚は、みずからが不正蓄財や汚職に手を染めることができる官僚的特権を決して手放そうとはしない」などと言ったとしても、これは、同義反復的な、あるいは官僚の言辞への切りかえしというような、政治的ケチつけでしかない。中国の法律に違反している氷山の一角しか問題にしていず、合法的な、すなわち法のもとでの平等にもとづく剰余労働の搾取については何らつきだしていない、ということについてはすでにのべた。合法主義的な分析・弾劾と見まがうような、こうしたことしか書かないのは、党およびこれを構成する党員を、この党員がいったいどのような存在になっているのか、ということとの関係において分析していないからである。
 中国共産党の今日の変質を分析するためには、われわれ主体=党員の・そのおいてある場に規定された・規定性の転換、という論理を想起し念頭におくことが必要である。とはいっても、この論理の応用問題のようなものなのであって、党およびそれを構成する党員という主体を、この主体のおいてある場との関係において考察する、ということが、ここでの問題なのである。
 わが党は革命的プロレタリアをその構成実体とするのであり、わが党を構成する党員は労働現場において実存するプロレタリアなのであって、このゆえに労働運動の場において組合員として活動するわけなのである。ところで、中国共産党の構成実体はスターリン主義者であったのであり、彼らは国家諸機関の官僚、とりわけ経済行政をつかさどる省庁の官僚、そして企業経営=技術官僚などが主軸を占めていたのであった。ここにおいて、――われわれの運動=組織づくりの論理とは異なって――彼ら中国共産党員のおいてある場が歴史的に変化した、ということが問題となるのである。以前には、彼らのおいてある場は、スターリン主義政治経済体制をなしていたのであり、彼らはそこのもろもろの部署の官僚であった。いまやスターリン主義政治経済体制は解体され、それは資本制政治経済構造に転化した。すなわちスターリン主義的官僚制計画経済を構成していた国有=国営諸企業ないし各省庁の現業部門は、商品=労働市場にあみこまれた株式制の国有企業となったのであり、もろもろの部署の官僚は官僚資本家となったのである。いいかえるならば、スターリン主義的計画経済を構成していた諸生産過程、その主客両契機をなしていたところのものは、形成された商品=労働市場にこれらの諸生産過程があみこまれることをとおして、資本の定有という規定をうけとったのであり、もろもろの部署の官僚は、国家資本をなす生産諸手段の人格化された形態つまり官僚資本家となり、労働者たちは賃労働の人格化された形態たるプロレタリアとなった、ということである。だから、中国共産党の党員は、党員のままで、みずからの社会経済的存在形態を、スターリン主義官僚から官僚資本家へと変えたのであり、そうすることによって、中国共産党は、もろもろの部署のスターリン主義官僚を構成実体とする党から、もろもろの地位の官僚資本家やその他の資本家を構成実体とする党に転化したのである。したがって、党官僚から下部党員まで、彼らが汚職や不正蓄財に手を染めるのはあたりまえのことなのである。資本を増殖することこそが彼らの使命なのであり、法の網をかいくぐることは彼らの手腕にかかわることなのだからである。あるべきプロレタリア前衛党を基準にして中国共産党を批判するのは、彼らを美化するだけのことである。

 スターリン主義に主体的に対決すべきなのは誰なのか

 無署名論文の、冒頭で引用した部分をもう一度見かえしてみよう。スターリン主義と主体的に対決していく、ということは、どういう意味で言われているのであろうか。
 「スターリン主義のエセマルクス主義としての本質がいまだに自覚されていない」というのは、労働者・勤労人民がいまだに自覚していない、という意味である。事実としてはそうにはちがいないのであるが、このように言うのは、われわれはその本質を自覚しているのだ、という高みからものを言っているものではないだろうか。われわれは、労働者・勤労人民に、その本質についての自覚をいまだにうながしえてはいない、という文章展開であるならば、私にもわかるのである。それはなぜか、というように、われわれ自身の限界をえぐりだしていくことへと下向していくことができるからである。
 次の「まさにいま全世界の労働者が勝利にむかって前進するためには、スターリン主義と主体的に対決していくことが絶対的に必要である」という文のなかの「スターリン主義と主体的に対決していく」主体は誰なのであろうか。それは、全世界の労働者、であろう。われわれ、ではないであろう。もしも、この主体をわれわれ、というように筆者が考えていたとするならば、彼はこの文を、「まさにいま全世界の労働者を勝利にむかって組織し前進していくためには、われわれはスターリン主義と主体的に対決していくことが絶対的に必要である」と書くであろうからである。このように書いていないということは、この筆者が、自分はスターリン主義と主体的に対決しているのだ、主体的に対決しえているのだ、主体的に対決したのだ、という高みにたっていることを意味する。彼は、自分自身はスターリン主義と主体的に対決しえている、という高みにたって、スターリン主義と主体的に対決していくべきことを全世界の労働者の任務とし、彼らにむかってこの任務を遂行せよ、と要請しているのである。
 われわれはスターリン主義と主体的に対決するぞ、という決意、決意を新たにする決意を、新年号の筆者三人のだれ一人として表明してはいない。いや、文として書く必要はない。筆者がこの決意にみなぎっているということが、行間からほとばしりでていればよい。だが、私には、そのようなものはまったくつたわってこない。このおのれ自身ははたしてスターリン主義と主体的に対決しえているのか、なお残されている課題は何か、というようにおのれ自身をふりかえることなしには、さらにさらにスターリン主義と主体的に対決するぞ、と決意を新たにすることはないであろう。
 同志黒田が『現代における平和と革命』の「改版あとがき」で、社会主義論・過渡期社会論・ソ連論の骨組みを展開した最後に書いていることを想い起こすべきである。
 「⑨ ソ連社会主義を超克するための基本的骨組みは、おおよそ右のようなものであるとしても、さらに次のような理論的諸問題が考究されなければならない。――一九三〇年代に提起されたプレオブラジェンスキーの過渡期経済論、オストロヴィーチャノフの「変容された価値法則」論、一九五〇年代にたたかわされた「価値と価格」をめぐる論争、一九六〇年代の「利潤」論争や管理制度の改革政策にかんする論争、一九七〇年代の所有形態にかんする論争などなど。
 たしかに、ソ連邦は現実に崩壊した。けれども、ソ連邦の政治経済構造が破綻しなければならなかった外的および内的根拠を分析することも、また種々の論争をマルクス経済学の見地から総括することも、なおわれわれのなすべき課題としてのこされているのである。」(二八九~九〇頁)
 ここで提起されていることを鏡として、おのれ自身をふりかえるべきではないか。私自身は、スターリン主義をその根底からのりこえていくための理論的作業をなに一つと言っていいほどおのれがなしえていないことを自覚し、このおのれを突破していくために、現代ソ連邦が自己解体した、その理論的根拠を根底的にえぐりだしていくことを自己の任務とし、ここで提起されているようなことを一つひとつやっていく努力をつみかさねてきたのである。私以外の誰が、同様の努力をやっているのか。「解放」紙上および『新世紀』誌上に掲載されたものとしては、私の一つの論文以外には、そのようなことがらを追求した論文は一つもない。戦時共産主義政策が破綻したうえでのそれを弥縫することに腐心したトロツキーを美化する理論的作業は、このような努力のたまものとはいえない。それは、ソ連邦が崩壊した根拠をえぐりだす、という実践的立場にたっていない筆者の所産である。私以外の者が書いた論文であるならば、紙誌上に掲載されるであろう。何も掲載されていないということは、誰も何もやっていない、ということである。ソ連邦が崩壊した根拠をえぐりだすことにかかわる何らかのことがらをテーマとした論文がでない、というだけではなく、スターリン主義そのものに言及することそれ自体がほとんどなくなってしまった。いやむしろ、私の原稿を無視し捨て置き、そして抹殺することを画策しているだけである。
 自分自身がスターリン主義との主体的対決を放棄しているがゆえにこそ、〈反スターリン主義〉を「スターリン主義負の遺産の超克」なるものにすりかえたのである。自分自身がスターリン主義との主体的対決を放棄しているがゆえにこそ、われわれが眼前にし弾劾しているところの今日の中国を「ネオ・スターリン主義」と意味付与し、あたかも自分自身がスターリン主義と主体的に対決しているかのようにみせかけたのである。
 レーニンが死んだその年一九二四年の暮れにスターリンは「一国社会主義」論を提起し、これに反対したトロツキーをば国外に追放したうえに自分の手下を使ってその脳天をピッケルでたたき割り殺した。それ以降、一九九一年にソ連邦が崩壊するまで、スターリン主義党=国家官僚どもは、経済建設の破綻ののりきりにのりきりをかさねてきた。一九二四年から数えるならば七〇年近くにわたる経済建設、その総括を、――この総括をほりさげるためにさらに下向しかつ歴史的にさかのぼるならば、一九一七年のロシア革命以降七〇余年わたる経済建設の総括を――われわれがおこなわなければならないのである。われわれがこれをおこない、その内容を提起し物質化していくことなしには、全世界の労働者たちに、スターリン主義に主体的に対決していくことをうながし、彼らをプロレタリア世界革命の主体として組織していくことはできないのである。スターリン主義の本質は「一国社会主義」のイデオロギーであると語っていればそれですむ、というわけにはいかないのである。われわれはスターリン主義をのりこえた理論をすでに創造した、われわれの今日の課題は全世界の労働者にスターリン主義に主体的に対決することをうながすことだ、とするわけにはいかないのである。
 経済建設の総括は、実践を規定した理論の総括、および、理論に規定された実践そのものの総括、という二つの角度からおこなわれなければならない。一定の領域のことがらを一定の角度から総括することを、われわれは一歩一歩おこなっていかなければならないのである。
 だが、わが組織はまさに危機にある。
 植田論文では次のように書かれている。
 「われわれの組織は、形態的にはピラミッドをなすのであるが、本質的には上下も左右もはっきりしない球体をなすのであり、実体的には板状をなすと言ってもよいほどなのであって、このことの自覚が党組織建設に日常的に生かされなければならないのである。
 わが組織は、いわば「上意下達」の組織ではないのであって、タテにもヨコにもナナメにも、活発な同志的交通関係がつくられなければならない。それゆえに、われわれの内部思想闘争は、つねに活発であるとともに、歪んだものや淀んだものにたいしては厳しくあらねばならない。けれども、わが組織は、よく晴れた空と爽やかな風と温かい日差しの温もりに包まれた組織でなければならない。そうでなければ、わが組織を将来社会の母胎とすることはできないのだからである。」
 だが、このことは、もはや、今日のわが組織には貫徹されていない。考えてもみよ。「スターリン主義負の遺産(の超克)」論をめぐってどのような論議をおこなってきたのかをなに一つ明らかにすることなく、突如として「ネオ・スターリン主義」というシンボルをうちだし、これについての説明もしない、というのは、組織内思想=理論闘争を活発に推進する、というものではない。過去において、われわれがわれわれのおかした誤謬にかんして、組織内部において論議することを基礎にして、機関紙誌上においても諸論文や諸反省文をどのように掲載してきたのか、ということと対比するならば、このことは明らかであろう。しかも「スターリン主義負の遺産の超克」論にたいする私の批判にはまったく何も答えてはいないのである。
 いまこそ、わが組織のこの現状を突破しなければならない。植田論文に書かれていることがらを、わが組織に蘇らせなければならない。
           二〇一三年一月一日