脱炭素産業革命のもとでの 米・中のレアメタル資源争奪戦の激化

 1 はじめに

 

 人間は「自然がなければ、感性的外界がなければ、なにものをも創造することはできない。」
                    ~(マルクス『経済学・哲学草稿』)~

 いかにデジタルテクノロジーが高度化され、金融をも含む経済のデジタル化が進もうとも、また宇宙空間をも含む軍事的抗争がハイテクノロジーを基礎に展開されようとも、その高度技術は、自然=地球から得られる素材なくしては成り立たない。いや、創り出し得ないのである。
 「クリーンエネルギーへの転換」という名のもとにおしすすめられている脱炭素産業革命も同様である。
 EV自動車、自然エネルギーによる発電、水素エネルギーの利用。脱炭素産業革命はデジタルテクノロジーの高度化を技術的な基礎としている。しかし、当然にもこの技術の高度化は、自然=地球から得られる素材からしか生まれ得ない。その素材が、レアメタルレアアースレアアースと呼ばれる諸元素はレアメタルと呼称されるそれに含まれる)である。この希少金属の個々の特性の把握と利用によって、既存技術は飛躍的に高度化され、デジタルテクノロジーが生みだされてきたのである。
 携帯電話一つをとってみよう。そこには、タングステン、インジュウム、リチウム、パラジュウム、ニッケル、タルタン、コバルト、ベリリウムガリウムストロンチウムなど数多くのレアメタルが使われている。このレアメタルレアアース個々の特性を生かして利用可能とする技術の高度化によって、私たちは携帯電話を利用することができるのである。
 脱炭素産業革命はこのレアメタルレアアースを大量に必要とする。気候危機に抗するクリーンエネルギーへの転換という美名の下に急激に進められている脱炭素産業革命は、決してクリーンな「持続可能な自然と人間との共存」などというものではない。またそれは、米中対立のなかにあって激烈な資源争奪戦として展開されているのである。

 

  2 レアメタル採掘による自然環境の破壊

 

 レアメタルレアアースは土中の岩石に微量に含まれている。だから採掘には、大量の岩石を掘り起こさねばならない。たとえばバナジウム1㎏を生産するためには、8.5tの岩石を、セリウム1㎏は16t、ゲルマニウムは50t、ルテチウムにいたっては1200tもの岩石から1㎏しか精錬されない。膨大な採掘が必要なのである。と同時にこの掘り起こした岩石のなかからレアメタルを取り出すのには、硫酸系または塩酸系等の化学薬品が大量に使用されるのである。この化学薬品の垂れ流し、またはそこに溶け出した他の重金属によって、地下水や河川の水が汚染されるのである。
 レアメタルレアアースを含む鉱脈の発見も広大な地域での調査・試堀が必要とされる。
 そのために自然が破壊されていくのである。ブラジルのアマゾンやインドネシアでの森林伐採はそれと無関係ではない。先日岩手県遠野市においても、太陽光発電施設建設のために90万平米の森林が伐採され、それが原因で河川の汚染被害がでたことが報じられていたが、その数十倍数百倍規模での森林破壊が行われているのである。
 中国内モンゴル自治区包頭市は世界一のレアアースの生産量を誇る。アメリカのシリコンバレーをしのぐ勢いで発展してきている。しかし、その環境汚染の現実には驚愕する。
 何ら浄化されていない汚染水が人口湖に貯められ、地下水、地域の河川、黄河を汚染していると報じられている。人工湖の近くの村は「がんの村」と呼ばれていた。現在は住民すべてが移住させられている。
 コンゴはコバルト、タンタルの主要産出国であるが、労働者・人民は手掘りの過酷な労働を強いられている。流出する重金属、化学薬品による鉱山周辺の河川・地下水の汚染というかたちでの環境の破壊とこれにもとづく周辺住民の体内へのコバルトの蓄積は、通常の43倍にものぼる、という報告がある。いうまでもなくコバルトは発癌性物質であり、肺炎・肺機能異常、遺伝子異常、精巣萎縮、精子数の減少などの人体への影響が報告されている。
 超合金の加工などに使われるクロムは、中央アジアカザフスタンが主要産出国であるが、その生産施設からの排水による河川・地下水の汚染により、その水は、飲料水はおろか農業用水にも利用できない状態となっているのである。
 今、アメリカ帝国主義権力者・独占資本家どもが注目しているアルゼンチン、ボリビア、チリなどの南米諸国でも、塩類平原の地下に眠るチタンの採掘をめぐり、河川の汚染、自然生態系の破壊、また鉱床をおおう氷河の破壊が問題となっている。
 採掘の一例をあげると、リーチング方式と言われる採掘法では、採掘対象となる鉱山に大量の硫酸アンモニウムが注入される。その結果、残留する硫酸・硫酸カルシュウムによって土壌の酸性化がもたらされ、「草木も生えぬ」という土地だけが残るのである。
 セリウム、ネウジウム、ジスプロシウム、テルビウムなどのレアアースの精錬過程ではトリウム、ウラニウムなどの放射性物質が同時に産出される。ウラニウム、トリウムは原発の燃料となる。また精錬過程の排水にそれが混入することが指摘され、フランスのレアアース精錬工場は廃業となっている。
 上に見てきたように、レアメタルレアアースの産出・精錬過程は極めて大きな自然破壊・環境汚染を伴うものであることが明らかである。そればかりではない。環境破壊が行われるということは、同時に、そこで働く労働者の「身体の汚染」も放置されているということである。だからアメリカ、フランスのレアメタルレアアース鉱山、精錬工場は閉鎖しなければならなかったのである(昨年、アメリカのネバダ州のレアメタル鉱山は、テスラとパナソニックによってふたたび生産を開始する、と報じられた)。そしてその「汚れた仕事」は中国・アフリカ・中南米諸国へと移ったのである。
 低賃金で労働環境を何ら整備することなく、また環境汚染対策も行わないですませることができる地域へと移されたのである。
 コンゴでは、鉱山での児童労働の問題が報告されている。低賃金で劣悪な環境での労働にもとづく搾取と自然環境破壊。
 これが、クリーンエネルギーを支えるデジタルハイテクノロジーのための資源産出の実態なのである。

 

  3 激化する米中のレアメタル資源争奪戦

 

 鄧小平が「中東には石油があるが、中国には鉱物資源がある」と述べたように、レアメタルレアアースの多くは中国が主要産出国である。世界の消費量に対する生産量の割合は、たとえばインジウム44%、バナジウム55%、蛍石65%、ゲルマニウム71%、アンチモン77%、タングステン84%等々。レアアースに限って言えば、実に95%が中国で生産されている。そのなかにはもちろん、EV自動車に欠かすことができないネオジウムも含まれている。中国はレアメタルレアアース資源大国なのである。だがそれだけではない。習近平中国の進める「一帯一路」戦略の陸の経路は、実に中央アジアレアメタルレアアース資源諸国家と一致しているのである。またアフリカの資源諸国家への政治経済的影響も拡大してきている。今、軍部のクーデーターが起こったミャンマータングステン、ニッケル、錫、タルタンを産出する。ミャンマーの軍部は中国に近いと報じられている。ミャンマーだけではない。カンボジアラオスも同様にタングステンなどのレアメタルの鉱脈があり、中国の資本が支配している。北朝鮮レアメタルレアアースの鉱脈をもつ。中国はすでにその権益を獲得していると言われている。新疆ウイグル自治区人民への大弾圧は、レアメタルレアアース資源とは無関係ではありえない。新疆ウイグル自治区にその大鉱脈が発見されたのである。習近平の率いる国家資本主義中国は、アジア、アフリカの専制政権をテコ入れしながら、まさにレアメタルレアアース資源の世界的な支配を目論んでいると言ってよい。
 他方、アメリカ帝国主義国家権力者バイデンは、「アメリカファースト」を叫んだトランプの孤立主義的諸行動によってもたらされたレアメタルレアアース資源争奪戦の出遅れを、躍起になって巻き返す動きに出るに違いない。またアメリカ国内の鉱山の開発、中南米政権へのテコ入れ、同盟諸国間の連携の強化などをもってする資源の確保に狂奔せざるを得ない。また中国の政治的・経済的影響力の及ぶアジア・アフリカの専制的諸国家に対しては、自然破壊、人権、あるいは児童労働の問題を持ち出して揺さぶりをかけていくだろう。中国においても、その政治的経済的影響力の及ぶ資源国においても、労働者・人民は劣悪な環境のもとで低賃金で働かされている。このことが、欧米帝国主義各国の取得するレアメタルレアアースとの価格の差としてあらわれてくるからである。だがこのことは、欧米帝国主義の鉱物メジャーが人間の社会的生活の環境に配慮し、労働環境の整備された生産をおこなうことを意味するものではない。彼らは、今まで、汚染水を垂れ流し、自然を破壊し、劣悪な環境のもとで労働者を低賃金で働かせ、労働者・人民を重金属による汚染まみれにしてきたように、また専制政権をテコ入れし、地域住民の様々な反対運動を弾圧してきたように、これからもそうするのである。そうしなければレアメタルレアアースを素材とする製品が高騰するのである。それは、帝国主義諸国の諸独占体が中国の諸独占体との国際競争に敗北することをもたらすことになるのである。
 レアメタルレアアース資源争奪戦は、ミャンマーのごとく専制政権を生み出していくことは間違いない。また、アフリカ、西・中央アジアでの紛争を激化させるに違いない。
 その背後には、アメリカを中軸とする帝国主義各国と中ロの国家資本主義との対立の激化がある、と言わなければならない。
 レアメタルレアアースの争奪戦は、それの価格を高騰させる。帝国主義諸国の独占資本家どもは、労働者の賃金の引き下げと合理化によって搾取を強化していくことは明らかである。いまや、さまざまな雇用形態が導入されることにもとづいて、労働者の団結が破壊され、いままで勝ち取ってきていた労働者の諸権利は奪われつつある。ギグワークやフリーランス、労働者の個人事業主化など、あらゆる方法で、それはなされてきている。独占資本家どもがそれに拍車をかけることは必至である。
 われわれは、「クリーンエネルギー」の名のもとでの脱炭素産業革命の実態をあばきだし、レアメタルレアアース資源国の労働者人民と団結し、また石油・石炭資源国の労働者・人民と団結して、世界的な闘いを構築していかなければならない。と同時に、米中レアメタルレアアース資源争奪戦を背後にもって行われるであろう戦争を断じて許してはならない。
 全世界の労働者・人民の団結をつくりだそう!

 

  追記

 

 今日、2月24日付け日経新聞において、アメリカが、半導体や電池などの重要部材のサプライチェーンづくりにおいて、同盟国や地域との連携を強化し加速させる、という大統領令にバイデンが署名することが報じられている。これは、レアメタルレアアース資源の独占を目論む中国に対抗するためのものである。まさにレアメタルレアアース資源争奪戦は激化しているといわなければならない。また、半導体の主要生産国である台湾をアメリカ帝国主義は防衛する、ということでもある。東シナ海における武力衝突、中国の台湾への軍事進攻が現実的になりつつある。われわれはこれを断じて許してはならない。
       (2021年2月24日   西 知生)