日本型ネオ・ファシズム支配体制のいっそうの強化を許すな!
既成指導部による憲法擁護・「学問の自由」擁護の運動をのりこえて闘おう1
菅政権は、日本学術会議が推薦した新会員候補一〇五人のうち六人を任命しなかったことが、一〇月一日の学術会議総会の開催を機に明らかにされた。この任命されなかった会員候補は、安倍前政権が強行的に制定した安全保障関連法や特定秘密保護法、そして「共謀罪」に反対しており、菅政権が彼らの任命を拒否したのは、こうした安倍前政権や菅政権が推進しいっそう強めている軍事強国化・危機管理体制の強化というネオ・ファシズム的諸政策に反対することはもはや許さない、という意志を鮮明にするものであり、直接には学者たちにたいする明白な恫喝である!
いま、台頭する中国を封じ込める諸策動を繰り広げているトランプ政権にたいして、習近平政権が対抗的措置を強化し、米中の覇権争いは激化の一途をたどっている。菅政権はアメリカ帝国主義との対中国の同盟を強化している。そうしたなかにあって、菅政権が推し進めようとしている軍事=防衛政策に反対や批判の姿勢をとる学者は一掃する、という新たな攻撃に踏みだしたのである。
野党は菅政権が六人の任命を拒否したのは、この学者たちが安保法制や共謀罪の創設に反対してきたことが「背景にある」のでは、と「指摘」している。菅は、こうした野党・既成指導部の全くピンボケでへっぴり腰の姿勢をも見透かしながら、内閣記者会のインタビューで「まったく関係ない」「コメントしない」と言い放ち、「学術会議は年間十億円の国家予算をつかっているのだから、任命権の行使は当然だ」と傲然と開き直っている。ここに菅政権が、政府の政策、とりわけ軍事政策や危機管理体制の強化という強権的軍事的な支配体制の強化のために、これまで反対運動が一定程度まきおこった際には、彼らはこの運動を弾圧しながら進めてきたのであるが、こうした反対運動をまきおこすことは絶対に許さないのだ、という意志を露骨に示したものだといえる。
これにたいして学術会議は「学問の自由」を侵害するものだ、と抗議した。
学者たちが、学術会議が内閣府の管轄下にあるという制約からして、そのような抗議の声を発することはもっともなことである。
また、国立大学協会の会長や、その他もろもろの分野の文化人・芸術家たちが、「言論の自由」「表現の自由」を侵害するものだ、と抗議することもまた当然であり、彼らとしては勇気ある行動だといえる。
しかし、野党などの既成反対運動指導部が、「学問の自由」「表現の自由」「思想・良心の自由」を主張するにすぎないのは、ただただ憲法の規定に依拠するものでしかなく、無力であり、闘いを現存ブルジョア支配秩序のもとに封じ込めるものでしかない。
考えてもみよう。一体、これまで「学問の自由」などというブルジョア民主主義的理念などがまもられてきたのか。大学でマルクス経済学の学者はすでに冷や飯を食らわされ、研究費を削られ、思想的な確信さえ失って、大学からも追い出されてきたではないか。そして、原発反対の立場から学問研究をつづけた気骨ある学者たちもまた「原子力ムラ」の力によって「村八分」にされてきたではないか。小出裕章氏をはじめとする京都大学の「熊取六人衆」を想起せよ!また産学共同研究が資本家や国家の利益に従属するものだ、とかつては反対の姿勢をとってきたリベラルな学者たちも、政府・当局から研究費を削られてしめあげられて、今や大学からは追い出され、その結果として、現在の高等研究機関は、企業や国家の競争力強化のために、競って研究や開発を担わされてしまっているではないか。
政府・支配階級は、「学問の自由」「表現の自由」「思想信条の自由」などというブルジョア民主主義的な理念をうたう憲法を擁護するという立場から反対するにすぎない既成の反対運動指導部の闘いの無力をあざ笑うかのように、日本の労働者・学生・民衆を排外主義的なナショナリズムで染め上げようとしているではないか。
政府にたいして憲法の民主主義的理念を擁護する観点から反対するにすぎないのは、むしろ労働者・学生・民衆に、ネオ・ファシズム支配体制下の今日でもいまだそうした民主主義が守られているかのような幻想をいだかせるものであると同時に、ブルジョア民主主義そのものの虚偽性への階級的自覚をおしとどめ、それへの幻想を固定化することになるのだ。このような運動は、労働者・人民を、政府・支配階級の階級的攻撃のまえに思想的に武装解除するものなのである。
われわれ労働者・学生・人民はいまこそ既成指導部による「憲法擁護」運動への固定化に反対し、これをのりこえ、日本型ネオ・ファシズム支配体制のいっそうの強化策動を打ち砕くために闘おうではないか。
コロナ危機にあえぎ、破綻した独占資本主義の維持・防衛のために汲々とする政府・支配階級の反人民的諸政策によって、今や大量の労働者が解雇や雇い止めに追い込まれている。そしてその労働者をたぶらかし丸め込むために、政府・支配階級はマスコミをも動員して、排外主義的な風潮を流布してもいる。