労働者協同組合の問題について

 成立した労働者協同組合法にもとづく労働者協同組合、これの捉え方について、簡単にいまの問題意識を述べます。

 法として成立したものの背後の提出者の意図を捉えなければならない、と思っています。〇〇さんも指摘していましたが、自民党の意図、維新の会の意図、公明党の意図、立憲の意図、共産党の意図、それぞれ法案の提出から成立までの論議から、法案のそれぞれの解釈から、その意図をつかまなければならない、と思います。法案そのものと、その背後にある諸実体の意図・そして解釈の仕方を、それぞれ区別して分析・把握する必要があるだろう、と思います。
 私が注目したのは非営利組織という点です。この規定を設けた自民党を主とする政府・支配階級の意図は何なのかということです。
 この規定でもってしては、商品の生産は限られたものになるように思います。中心的には、保育、介護などが、そして農業・漁業の下請け、林業の下請けなどが考えられます。斎藤は東京新聞のインタビューで「社会に不可欠なエッセンシャルワークを営利目的でやるのは危険で、協同労働の出番だ」と述べています。
 つまり、これまで行政が担ってきたものの民営化、この行政機関による運営とその民営化の行き詰まりを打開することを政府は考えているのではないでしょうか。それは当該部門の合理化や自治体労働者の削減につながり、その職種部門の労働者の低賃金化につながる、と思います。(補助金あるいは税制がどのようになるのかはまだ現時点では、私はつかんでいません。)また、老齢化する労働者が担う農業・漁業・林業などの打開も考えていると思われます。資本がこの協同組合企業を下請けに使うことも考えられるのではないでしょうか。
 そういう、政府・支配階級の意図をつかみとらず、得て勝手に解釈し、「現場の労働条件が悪化し、経済的不平等が拡大する中、労働者が経営主体となる共同労働が広がれば、労働のあり方や生産の仕方を根本から変える可能性がある」と反労働者的幻想をふりまく斎藤を許すわけにはいかない、と私は思います。
 この法案を作成した諸実体の階級的意図とそれを得て勝手に解釈する斎藤の誤謬、そしてその斎藤のイデオロギー性をそれぞれ区別して暴露し批判しなければならない、と私は思います。
       (2020年12月6日   岳川文久